フランス文学探訪:その2/モーパッサン『脂肪の塊/ロンドリ姉妹』、フローベール『ボヴァリー夫人』

脂肪の塊/ロンドリ姉妹 モーパッサン傑作集 / モーパッサン(著)、太田 浩一 (訳)

プロイセン軍を避けて街を出た馬車で、“脂肪の塊”という愛称の娼婦と乗りあわせたブルジョワ、貴族、修道女たち。人間のもつ醜いエゴイズム、好色さを痛烈に描いた「脂肪の塊」と、イタリア旅行で出会った娘との思い出を綴った「ロンドリ姉妹」など、ヴァラエティに富む中・短篇全10作を収録。

モーパッサンの中・短編集であるがやはり傑作と名高い中編『脂肪の塊』が素晴らしい。馬車に乗り合わせた恰幅のいい娼婦と小市民たちとが織りなすドラマは、短い中に人間の尊厳や卑しさや独善ぶりがみっちりと描かれていて、その複雑で重層的な人間心理の描写に驚かされた。もう一つ『ロンドリ姉妹』は旅の汽車で相席になった二人の男と不機嫌な女と出会いを描いた作品だが、あれよあれよという展開に最期は「はあ!?」となってこれがまた面白かった。全体的に短編は講談の如き人情噺が多く、ここらはまあ普通かな、と思えた。モーパッサンの短編は割と玉石混合であるらしい。モーパッサンはフランス自然主義文学に位置付けられる。(モーパッサン,ギィ・ド 1850‐1893)

ボヴァリー夫人フローベール(著)、白井浩司 (訳)

ノルマンディーの小さな田舎町の医者シャルル・ボヴァリーと結婚したエンマは単調な暮らしにあきて、法律事務所の書記レオンに恋心を抱く。レオンが勉学のためにパリに去ると、エンマは生来の虚飾のとりことなって地主ロドルフと不倫な関係を結ぶ。それが破局をむかえたとき、エンマはレオンと再会し、ルーアンに住むレオンのもとへと足繁く通うようになる…

ボヴァリー夫人』は表層的に読むなら田舎町の生活と自らの夫に幻滅した既婚女性の密通の物語である。それだけの物語ならゴマンとあるし、実際読んでいて古臭いなとは思った。しかし読み込んでみるなら、不義を成したボヴァリー夫人にしても、彼女に愚鈍として扱われる夫にしても、否定すべきほど愚かな人間というものではないのだ。それはむしろ人間というのは誰もがこの程度に愚かで過ちを犯しやすい存在である、ということを浮き彫りにしているだけだ。

同時に、ここで描かれるボヴァリー夫人の上流社会への憧憬も虚栄心も、それと裏腹に自らの人生に感じる遣る瀬なさも、それは誰もがそのような感情をどこかで持ってしまうものなのではないか。その中で不貞という陥穽が描かれはするが、それは許されないものであるにせよ、そこへと導いた人生への幻滅は、ただ耐え忍べばよかったのか。そして物語はこれらの物事を、突き放したような怜悧な視点で描いてゆくのだ。特に後半の、登場人物の心理と行動を腑分けしているかのような冷え冷えとした文体は、ここまで描いてしまうのか、と慄然とさせられてしまった。それは人間存在そのものを批評しているかのようにも思えた。

この作品はサマセット・モームにより『世界十大小説』の1作として挙げられている。フローベールはフランス自然/写実主義文学に位置付けられる。(フローベール,ギュスターヴ 1821‐1880)