失踪した運命の女を捜索する男を描いたSFノワール作品『レミニセンス』

レミニセンス (監督:リサ・ジョイ 2021年アメリカ映画)

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この連休は特に観たい映画も無かったのですが、暇だったのでとりあえずなにか1本、ということでこの『レミニセンス』を観に行くことにしました。一応SFだし。ただ「記憶に潜り込む」という内容は『インセプション』のバッタもん臭かったし、最初はあまり興味湧かなかったんですよ。『インセプション』といえばこの映画、「「インターステラー」「ダークナイト」などクリストファー・ノーラン作品で脚本を担当してきた、クリストファー・ノーランの弟ジョナサン・ノーランが製作を手がけ」ているのらしい*1

【物語】海面が上昇した近未来のマイアミに住む、無骨で孤独な退役軍人のニック・バニスター(ヒュー・ジャックマン)は、顧客が望むあらゆる記憶を追体験させる機会を提供するという、危険な職業の専門家である。ある日、彼の人生は、メイ(レベッカ・ファーガソン)という謎めいた若い女性との出会いによって一変する。最初は単なる探し物を端緒とした関係であったが、やがてメイとの関係は情熱的な恋愛へと発展する。しかし、別の依頼人の記憶がメイを凶悪犯罪に巻き込んでしまったため、バニスターは過去の暗い世界を掘り下げて、自分が愛した女性の真実を明らかにしなければならなくなる。

レミニセンス (2021年の映画) - Wikipedia

で、最初は「記憶を巡る陰謀!抗争!恐るべき真実!」みたいなアクション作品だと思ってたんですが、アクションほどほどでサスペンス要素もあるにせよ、派手派手しくSFチックに盛り上がる!という作品では全然なかった。むしろこれは「失われた愛」を非常にウェットな情感で描く作品で、思っていたのとは全然違っていたのですが、まあこれはこれで悪くなかったかな、というのが感想です。

この映画では海面上昇によりどこもかしこもベニスみたいに水浸しになっちゃったマイアミの街が舞台で、つまりそれはいつか全てが水に飲み込まれてしまう未来しかない、希望のない世界が舞台という事なんですよ。いつも道路は水浸しだし、街は湿気は多そうだし、なにもかも鬱陶しいんです。これは世界のウェットさと登場人物のウェットさがシンクロした映像なんですね。

こんな世界で主人公が営むのは「記憶再生屋」という稼業で、これは顧客の輝かしく満ち足りていた過去を掘り起こし追体験させるというもので、要するに希望は過去にしかない、という実に後ろ向きな人たちのための仕事なんですね。世界にもそこに暮らす人々にも未来なんかない、というとても暗いお話なんですよ。

こんな未来の無い暗い街で、主人公ニックは顧客となった美しい女メイと恋に落ちてしまうんですが、メイがある日失踪してしまう。悲しみに暮れるニックですが、ある日犯罪捜査に協力した時偶然にもメイが関わっていたことを知ってしまう。ここからニックのメイ捜索の日々が始まるんですが、もうこれが愛の妄執に取り憑かれた狂った男にしか見えないんです。で、メイが犯罪組織と関わっていたことを知ったニックは犯罪組織に乗り込んじゃったりするんですが、もう毎回ボコボコにされるんですね。しかし満身創痍になりながらも、ニックは消えた女を求めて希望の無い街を彷徨うというわけなんですよ。

実はこの辺りの物語構造って、50年代とか60年代の古めかしいハードボイルド作品、ノワール作品の骨子そのままなんですね。ハードボイルドというと「情緒を排した乾いた文体」を指しますが、同時に「犯罪捜査の為に大都市を彷徨う男/探偵があちらこちらでギャングにボコボコにされる」というのもハードボイルドのお決まりだったりするんですね。ファム・ファタールと出会ってしまい運命を狂わされた男ってのもハードボイルドぽくないですか。

そもそもこの作品、「記憶再生」というSFガジェットを排して「関係者の証言」という形にしてしまっても物語として成り立ってしまうんですよ。つまりSFである必然性は薄いんです。ただ、この「記憶再生」というSFガジェットが、物語を別の面からエモーショナルに盛り上げているんですね。

それは主人公を含め過去の美しく輝かしい情景にのみ囚われた人々ばかりが登場し、「希望は過去にしかない」ことを繰り返し繰り返し語り続けるという、非常に徹底したペシミズムとニヒリズムが作品の根底となっているからなんですよ。愛に満ちた過去だけが真実であり、今この現在と未来とには何一つ希望はない、これを言い切っちゃうということの絶望の深さと、絶望それ自体の甘やかさとがこの物語なんですよ。そしてそれは未来の無い水没世界の、死の静寂を予見させる美しさと呼応しているんですね。

通常オレはこういった後ろ向きでただただ暗澹とした話というのは嫌いな部類なんですが、それを美しく描き切ってしまったところにちょっと感銘を受けてしまいました。実はギレルモ・デル・トロピーター・ジャクソンドゥニ・ヴィルヌーヴの初期作ってこんな暗さに満ちた作品だったことを考えると、意外とこの作品の監督リサ・ジョイも次作から化けてしまうかもしれませんね。