フェリーニの『サテリコン』を観た

サテリコン (監督:フェデリコ・フェリーニ 1969年イタリア・フランス映画)

サテリコン 4K修復版 [Blu-ray]

イタリア生まれの世界的な映画監督、フェデリコ・フェリーニには特に思い入れがあったりするわけではない。まず代表作である『道』を観ていない。同じく代表作である『甘い生活』『8 1/2』『アマルコルド』あたりはどれかを観ている筈だが、なにしろ観たのが遠い昔だからどれも頭の中でごっちゃになっている。その感想も「フェリーニってなんだか脂っぽいなあ、胸焼けするなあ」といった程度である。

ただ、ホラー・オムニバス映画『世にも怪奇な物語』における監督作『悪魔の首飾り』の悪夢的な映像にはひたすら感嘆した。これはオレが今まで観たホラー映画の中でも白眉といっていい。そしてもう1作、オレにとってフェリーニといえばこれだ、これしかない、という作品が今回紹介する『サテリコン』である。

サテリコン』は皇帝ネロ統治時代の古代ローマを舞台にした作品である。しかし歴史モノといったテーマから想像できるような豪華絢爛たる勇壮な物語では全く無い。もうこれっぽっちもない。それは古代ローマを舞台にしたアンモラルで不快で不気味な映像がこれでもかこれでもかと畳みかけて来る異様な作品である。観ていて胸やけを起こしそうな脂っぽい映像がひたすら描かれてゆくのだ。

物語もあるような、無いようなものだ。発端は主人公である美青年、エンコルピオが愛する少年奴隷ジトーネを親友のアシルトに奪われるところから始まる。そこからジトーネを追い求めるエンコルピオの様々な土地を舞台にした地獄巡りの如き遍歴が描かれる、というのがこの物語だ。それは古代ローマの酒池肉林から始まり、海賊船に捕縛され奴隷にされ、その後ミノタウロスと戦う羽目になり、さらに性的不能を治す女呪術師に会いに行く、などなどといったエピソードが脈歴無く続いてゆく。

その映像はひたすら毒々しく、不潔で、不快で、土俗的で、タガが外れたような狂気に満ちている。登場する人間たちの行動規範も、動物的なまでに野蛮で、利己的で、おぞましい程に淫蕩で、現代の倫理観を一切拒絶する、不条理極まりないものとなっている。しかし、にもかかわらず、この作品には、強烈な磁場の様な、思わず見入ってしまう悪魔的な魅力がある。そして観ていくうちに、これら映像と物語が、美しい、と思わされてゆくのだ。

これらアンモラルで不条理な物語になぜ魅力を感じるのか。それは「アンモラル」と「不条理」はどこに根差すのか、ということである。それらは、あくまで近代的な価値観に過ぎない。そしてヨーロッパ的に言うなら、それはキリスト教的な倫理観を端緒に持つとも言える。映画で描かれる古代ローマキリスト教以前のものであり、それが現在の規範でどれだけアンモラルであろうと、当時はそれが人間の姿でもあったのだ。もちろん古代ローマが全て映画で描かれるような世界であった筈も無いが、要は現在当たり前だと思われている価値観を、古代ローマを材にして相対化し揺さぶりをかけたのがこの作品だということなのだ。これはキリスト教圏に住む人間にとっては恐るべきものであったろう。

しかしこれら地獄巡りの物語は、冒頭こそ息苦しい程陰鬱でおぞましいものとして描かれるが、エンコルピオがその旅の遍歴を重ねるごとに、どこか滑稽であったり、美しい抒情を湛えるものであったり、哀切極まる悲劇であったり、解放感に溢れたものであったりと変遷してゆく。それはダンテの『神曲』の如き地獄から煉獄を経て天国へと至ろうとする旅のようだ。つまりこの物語は露悪趣味だけで構成されたものではないという事だ。まあもっともらしく書いているがオレは『神曲』なぞ読んではいないのだが。

オレはこの作品を最初10代の頃のいつだったかに、TVの深夜枠の映画放送で初めて観た。なんだかよく分からなかったが、とてつもなく異様で異質なものを観せられた、という強烈な印象を覚えた。それからずっと、「あれはなんだったのだろう?」と気になり続けていた。その後ビデオで見直したと思うが、その時も「なんなんだろうこれ?」ともやもやだけが残った。そしてこの年になりやはりどうにも気になり、ブルーレイ化されたということで購入して観たのだ。そしてブルーレイの鮮やかな映像で観たこの作品の真価を、オレは今更になってようやく理解できたような気がする。

このブルーレイの解説が素晴らしくて、実はこの作品が、キューブリックの『2001年宇宙の旅』から少なからず影響を受けていたりとか、タイトル『サテリコン』が「サテュロス(のごとき好色の無頼漢)の物語」という意味であったりとか、主人公二人は当時世界を席巻していた「ヒッピー」たちの生き方にインスピレーションを受けていたりとか、目から鱗の様な様々なことが書かれており大変視聴の参考になった。

今やどんな映画でもオンデマンドで視聴できるようになったが、この作品の様な古い名作ヨーロッパ映画は殆どセレクトされていないと思う。しかも映像のリストアされた作品となるとなおさらだ。そしてこういった作品を地道にディスクで販売し続ける販売会社の心意気には頭が下がるばかりだ。このディスクにはTV公開時の吹き替えが入ってるばかりか製作ドキュメント『フェリーニ サテリコン日誌』(60分)も収録されている。おまけに「字幕を映像に重ねず画面外の黒オビに表示するオプション」なんてものまである。暫く迷いながらやっと購入したブルーレイだが、これは作品内容や映像も含め実に充実した商品だった、ということも最後に付記しておきたい。

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