韓国・中国・ベトナム・日本の「怪しい彼女」を観比べてみた

映画『怪しい彼女』は70歳にならんとする頑固ババアが不思議な写真館に立ち寄ったことにより20歳の娘の姿へと生まれ変わり、様々な騒動を巻き起こす、という物語である。一種のファンタジーではあるが、老いるということ、家族の在り方、女というものの人生、それらが交錯した非常に優れたシナリオを持つ作品として完成している。もともとは2014年に『수상한 그녀(邦題:怪しい彼女)』として韓国で製作され社会現象となるほど大ヒットを飛ばした作品であり、その後中国、ベトナム、日本でもリメイクされるほどであった。その勢いは止まらず、インドネシア、タイ、インド、さらにドイツ、アメリカでもリメイクの話があるらしい(個人的にはインド版が超楽しみ)。
そんな『怪しい彼女』のオリジナル+リメイク作4本を見比べようと思ったのは、「アジアの4つの国で一つの物語モチーフを展開するとどういった差異が出るのだろう?それぞれの国の"アジアの情緒"はどのように違いどのように発露するのだろう?」という興味があったからだった。アジア映画と言うと大して見てもいないくせに情緒性だと勝手に思い込んでいるオレはそこに注目したかったのである。

各国版『怪しい彼女』との比較動画公開!映画『あやしい彼女』

■怪しい彼女 (監督:ファン・ドンヒョク 2014年韓国映画

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オリジナル。なにしろ韓国映画というと個人的には鉄板の完成度を誇る作品ばかりのように感じるが、この作品もケチを付ける所がないほどに完成度が高い。その完成度の高さというのは、韓国映画独特のリアリズムにあると思う。時にそのリアリズムは残酷で痛々しい現実の一面を切り出すが、ある種のファンタジー作品である今作ではそのリアリズムがどう発露したのか。20歳に変身した老婆をコメディ・タッチに描きながら、この作品ではその中に老いることの残酷さをスッと差し込む。輝くような20代を描きながらも、その背後にはそれがいつか夢でしかないことを否応なく突きつけられるであろう寂しさがつきまとう。それはコメディでありながらブルーを基調とした画面からもうかがえる。韓国版オリジナルはファンタジーの中にすら現実の悲哀を持ち込み、そのコントラストの在り方がこの作品をさらに印象深いものにしているのだ。

■20歳よ、もう一度 (監督:レスト・チェン 2015年中国映画)

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中国版。4作品の中で最も情感に溢れ明るく美しい画面の中で物語を綴ったのがこの『20歳よ、もう一度』だと思う。そしてその情感は決してトゥーマッチなものではなく、心を慰撫する様な優しい眼差しで満ちている。韓国版からリアリズムの重厚さを取り除くとこの作品になる、ということも出来る。さらにリメイクに際し、オリジナルでは若干説明不足だったり唐突だったりするエピソードを、きちんと自然で分かりやすいものに変えている。完璧だと思っていた韓国版をさらにトリートメントして細かいところまで噛み砕いて見せたのがこの中国版なのだ。ストーリーはまるで同じであり、その進行も殆ど変わらないにもかかわらずこれだけ印象の違う作品を生み出すことが出来る中国映画界の底力すら感じた。あと中国っぽいなあ、と思ったのは、婆さん連中が麻雀しているシーンだね。また、現代中国の都市部の生活を垣間見せる部分でも興味深かった。

ベトナムの怪しい彼女 (監督:ファン・ザー・ニャット・リン 2015年ベトナム映画)

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ベトナム版。実は「怪しい彼女」はこの作品を一番最初に観ていた。タイトルに「ベトナムの」と付くと、なんだか楽しそうな映画に思えません?そしてこのベトナム版、4作品の中で比べるなら、最もスラップスティックの度合いが強い。脇役が妙に癖が強く突拍子もないキャラなのだ。主演女優も4作品の中で一番エキゾチックな顔つきをしているかもしれない。そして、この作品には4作品の中で最も突出している部分がある。それは、歌の素晴らしさだ。主人公が歌を歌うことで注目されその後の騒動に繋がるというプロットを持った「怪しい彼女」の中で、このベトナム版の歌声とその歌詞の説得力の凄さは圧倒的である。主演女優がもともとベトナムきっての人気歌手と言うこともあるのだろう。さらにこのベトナム版に凄みを与えているのが、もともとの主人公老婆の過去にベトナム戦争体験があるという描写だ。そしてベトナムの比較的質素に感じる家屋のセットがまたもや新鮮であった。

■あやしい彼女 (監督:水田伸生 2016年日本映画)

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日本版。韓国、中国、ベトナムと、同一テーマながらそれぞれに素晴らしい作品として完成していた「怪しい彼女」であり、この日本版もさぞや高い完成度を見せるのだろうと思って観始めたが、これがもうお話にならないような凡作だった。まずオリジナル・プロットを4作の中で一番変更しているのだが、その部分が、どれもこれもハズしているのだ。なにより冒頭、アラフォーがどうだの美魔女がこうだの稚拙な流行り言葉を入れたモノローグで既に鼻白み、主人公老婆が商店街をスキップしつつ歌いながら登場するシーンで「こんなヤツいるかよ」とドッチラケた。その後も妙に恋愛要素を強調しようとするしアスレチック公園でキャッキャウフフするシーンは「誰だよこいつら」と辟易していた。何より拙かったのは歌のつまらなさだろう。懐メロを今風に歌ったら大注目、ということなんだが、そんなの既にやってるアーチストはいるだろうし、だからといって大注目されたわけでもない。さらにクライマックス曲のつまらなさよ。ただしラストのちょっとした違いは個人的には面白かった。主人公女優も日本人だけあって馴染み易いだろう。