韓国映画落穂拾い:パク・チャヌク監督篇

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というわけで「韓国映画落穂拾い」、前回の「ポン・ジュノ監督篇」に引き続き今回は「パク・チャヌク監督篇」。

■サイボーグでも大丈夫 (監督:パク・チャヌク 2006年韓国映画 

サイボーグでも大丈夫 デラックス版 [DVD]

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  • 発売日: 2008/03/21
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『サイボーグでも大丈夫』は精神病棟を舞台に、自分をサイボーグだと思い込んでいる少女と、盗癖のある青年との恋を描くドラマだ。実はパク・チャヌク作品の中では評価の低い作品なのだが、オレはこれは間違いなくパク・チャヌクの重要なフィルモグラフィーの1作だと断言したい。

主人公少女はなぜ自分をサイボーグだと思い込んでいるのか。それは自分が人間であることに耐えられないからだ。それはつまり、生きていくことの苦しみに耐えられないということだ。彼女は「悪の7ヶ条」として「同情、悲しみ、ときめき、ためらい、余計な空想、罪悪感、感謝」を挙げる。それが「悪」として挙げられるのは【人間的感情】だからである。すなわち、「人間的感情を持ちたくない」、なぜなら「人間的感情を持ってしまうと、辛く、苦しい事しか起きない」からなのだ。

だから彼女は自分を非人間=サイボーグと思い込む。自分が何の感情も無い機械なのだと思い込む。自分は機械なのだから少しも悲しいことなどない。彼女はそう思い込むことでしか生きていけない。これはなんと辛く痛々しい物語なのだろう。しかしパク・チャヌクはこの辛苦に塗れた物語を、淡く明るい色彩に満ちたラブ・コメディとして仕立て上げる。その描写は不条理感に満ち素っ頓狂で非現実的であるけれども、それはつまり、【この陰惨な現実】を突き抜けるための方便なのだ。

そうすることでパク・チャヌクは「救い」を導き出そうとする。いかな辛苦に塗れた生であろうとも、救いはきっとある。それこそがこの物語のテーマでありメッセージだ。血と死に塗れた凄惨な作品群を製作してきた監督が提示する救いについての物語だからこそ、この作品は重要であり観るべき作品なのだ。 

■お嬢さん (監督:パク・チャヌク 2016年韓国映画

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パク・チャヌク監督の『お嬢さん』は日本統治下時代の韓国を舞台に、深窓の令嬢と詐欺師の侍女との愛と葛藤を描く作品だ。一般には「エロティック・サイコ・スリラー」なんて呼び方もされている。168分もあって長いなあと思いつつ観ていたらなんと3部構成、その第1部は割と有り体の展開で若干退屈したのだが、なんとそれは巧妙な前振りだったのだ。第2部では第1部を裏側から見せ、そこに隠された真相が明らかにされる。そして第3部ではさらに驚くべき展開が待っていたのだ。この構成には感嘆させられた。確かに成人指定ともなった映像はエロティシズムとアブノーマルさに満ち溢れとことん面妖ではあるのだが、しかしその本質において真摯に愛というものを描こうとした優れた作品だった。これはパク・チャヌク監督の傑作の一つと言っていいのではないか。また、舞台となる古い邸宅の美術とその美しさにはパク・チャヌクの本領が大いに発揮されていた。ちなみにサラ・ウォーターズの小説『荊の城』が原作、韓国俳優が延々日本語で話しているというのもユニーク極まりない作品だった。日本でのロケもあったとか。

復讐者に憐れみを (監督:パク・チャヌク 2002年韓国映画

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パク・チャヌク監督の『復讐者に憐れみを』は『親切なクムジャさん』『オールド・ボーイ』を含め「復讐三部作」などと呼ばれているのらしい。姉の手術のために幼女誘拐を企てた聴覚障害の男は、過ってその娘を死なせてしまう。そして娘の父は凄惨極まりない復讐に打って出るのだ。誰もが被害者であり誰もが幸福にならない陰鬱な物語だが、プロットが少々とっ散かっており、不必要に思えるシークエンスがあり、唐突な展開に戸惑わされ、悲惨さというよりは軽率な短絡による愚かさにうんざりさせられる。そういった部分で未整理さの目立つ作品だが、しかしこの作品を雛形としてその後のパク・チャヌク作品が形作られたのであろう、原点的な作品と言えるのかもしれない。 

イノセント・ガーデン (監督:パク・チャヌク 2013年アメリカ・イギリス映画)

パク・チャヌク監督、ハリウッド進出作品。家長を亡くし母娘だけになった家に死んだ家長の弟と名乗る男がやってくる。いわゆるサイコ・スリラーといったところか。主演のミア・ワシコウスカニコール・キッドマンが一つの部屋にいるだけでもう緊張が張り詰める。まずこの二人が怖い。そこにマシュー・グッド演じる伯父が絡むわけだが、このマシュー・グッドがクローネンバーグやデヴィッド・リンチ作品に出てきそうな不気味さを漂わせる。ただ、「このおっさんは怪しい」と最初から思わせておいて確かに実際怪しいおっさんだった、という展開はちょっとひねりが無さすぎないか。物語には「思春期の少女の成長」 の要素もあるが、これも主題をぼやけさせたと思う。