最近読んだSF小説〜『ヒュレーの海』『ゴッド・ガン』

■ヒュレーの海 / 黒石迩守

ヒュレーの海 (ハヤカワ文庫JA)

ヒュレーの海 (ハヤカワ文庫JA)

“混沌”が地表を覆って世界が崩壊し、地球が巨大な記録媒体“地球の記録”と化した未来。身体を生体コンピュータ化した人類は、地球の記憶から技術を発掘し文明を延明させていた。序列第三位国家イラの下層民が住む地下都市で育った天才発掘屋の少年ヴェイと少女フィは、偶然発見した昔の映像に惹かれ本物の海を探す約束をする。それは二人の幼年期の終りへの第一歩だった―第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。

日本のSF作家作品はまるで読まないのだが、この作品は表紙がやけにカッコよかったので、SFコンテスト受賞作とか関係なくつい購入してしまった。物語はザックリ言うと「ポスト・シンギュラリティ後に"情報"へと変容した世界を描くサイバーパンク小説」といった所か。読んで先ず目を引くのはルビふりまくり用語とテクニカルタームの氾濫する晦渋な文章だろう。ただし最初は面食らうがこの晦渋さが幻惑的なペダントを醸し出し、さらに面倒臭ければ読み飛ばしても筋は追えるので、すぐ気にならなくなった。そもそもオレは老眼なのでルビなんざ読めないんだよ!
こういった書き方は新人作家が陥りやすい型ではあるが、むしろ若さゆえの野心がうかがえて好意的に思えるようにすらなった。そしてもう一つはこのような一見ハードな世界観にあるにもかかわらず、どうにも砕けすぎた会話文だろう。これをしてアニメ的な、ないしラノベ的な感性だという向きもあるようだが、むしろ、テクニカルタームの氾濫するハードな世界観との対比、ないしそれを緩和する役割としてのこれら砕けた会話文だったのではないか。それが成功しているかどうかは別としても、ここにも作者の野心がうかがえるではないか。新人作家としてこのぐらいの野心や実験はあって然るべきだ。
こうして物語は後半、熾烈なロボットバトルへとなだれ込むが、こういった外連味もまた嬉しいではないか。なによりロボット描写に関してはこの間読んだ『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』など子供騙しにすら思えるユニークな設定と展開を擁し、これがアニメ的オマージュだとしても「だからなんなんだよ!面白いからいいじゃないか!」とすら思ったほどだ。確かに人を選び賛否両論となるだろう作品ではあるが、とりあえずこうした活きの良さが心地よい作品だった。

■ゴッド・ガン / バリントン・J・ベイリー

設計技師にして発明家のわが友人ロドリックはある夜、自分は神を殺すことができると語った…。マッド・サイエンティストのあるまじき発明を描いた表題作、死んだ友人の蘇生を奇妙な異星人に託した男たちが目の当たりにした悪夢「ブレイン・レース」、不死の異星人とその秘密を追い求める男との長きにわたる追跡劇「邪悪の種子」など、英国SF界の奇才ベイリーの作品群から、単行本初収録の名品全10篇を収録した傑作選。

バリントン・J・ベイリーの日本独自編集短編集。「バリントン・J・ベイリーかあ、遠い遠い大昔読んで結構面白かったなあ」というオッサンのノスタルジーもあって手に取った。作者デビュー間もない1962年から1996年にかけて発表された10編が収められているが、流石に最初の幾つかの作品は「SFだけが大好きで人間関係とか何も無さそうな青年が書いてるなあ」という印象を持ってしまった。登場人物が二人だけでSFアイディアはその会話と行動の中だけで展開する。アイディアはユニークかもしれないが物語には膨らみが無い。中盤の作品からバリエーションが出て来るがこの辺で商業作家としてなんとかしなくちゃと思ったに違いない。これが後半から「ああ、ベイリーらしいバカやってんなあ」と思えてくる。そしてラストではきちんとしたストーリーテリングで読ませるようになった、という塩梅だ。そんな訳でベイリーの作家としての成長の様子を眺めるにはそれなりに編集された短編集だが、「英SF界最高の鬼才ベイリーの幻の名作」と呼ぶには玉石混交過ぎるんじゃないか。