オレとサイエンス・フィクション!(全5回・その5)

ヴォネガットだった!

もう一人、カート・ヴォネガット・ジュニアの『タイタンの妖女』も忘れることが出来ません。人類の歴史も文化も、すべてはとある難破した異星の宇宙船の修理用パーツを作る為だけに進化させられた無意味なものだ、というこの物語は、その痛烈な皮肉や虚無的な視点とは裏腹に、世界は、ろくなもんではないが、それでも僕らはここで生きて行かなくちゃならないし、愛することを止めることは出来ない、と結ばれることで、最後のからっケツの優しさを見せるのです。

しかしここでヴォネガットは絶望しない。根拠の無い希望も口にしない。ヴォネガットは自らと同じ無力な人々に共感の眼差しを投げかけ、生きるというただそれだけのささやかさを肯定する。だからヴォネガットの小説はシニシズムニヒリズムを描きながらもどこか優しい。ヴォネガットの小説に本当の悪人は存在しない、というのはこういうことなのだと思う。そして、”圧倒的な無力感”と”生という肯定すべきもの”というアンビバレンツの狭間で描かれた小説だからこそ、ヴォネガットの小説はどこか物悲しく、切ない。資本主義社会という”プレイヤーピアノ”の中で、”スロータハウス5”の如き陰惨な現実と、”猫のゆりかご”でしかない幻想とに引き裂かれる現代人に、ヴォネガットの小説が圧倒的に受け入れられたのは、まさにそのアイロニーゆえだったのだと思う。
メモリの藻屑、記憶領域のゴミ 『国のない男 / カート・ヴォネガット』

それからも『スローターハウス5』『猫のゆりかご』『母なる夜』『チャンピオンたちの朝食』『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』などヴォネガットの殆どの作品を読みましたが、彼の作品の持つ苦さと人間へのギリギリの共感は、これはSFではなくてやっぱり文学のものなんですね。しかし手法としてSFを選ぶことによってあえて物語を”寓話”に変えてしまう。現実がいかに悲惨なものであるか知りつつも、悲惨な現実を悲惨なまま描くことをヴォネガットはあえてしない。

それは、世界は悲惨やよこしまなものに満ちているけれども、それだけをあげつらって文章にしても、人の心を動かす作品には決して成り得ないことをヴォネガットは知っていたからなんだと思います。それはつまり、人間の愚かさにうんざりしながら、それでも愛することのやめられないヴォネガットという人の人間性があったからこそなのでしょう。そしてオレは、それこそが文学の正しい態度なんだと思う。

ヴォネガットの言葉で一番好きなのは「愛は負けるが親切は勝つ」というものだ。オレはこれを、愛してくれる人はいなくとも、親切にしてくれる人は沢山いるじゃないか、だから寂しいとか言っちゃ駄目だよ、というふうに取ったよ。だからオレは寂しくはない。こんな風に奇妙にヴォネガットはオレの心の支えだった部分もあった。好きな作家だったのだけれども、自分の中であまりにも大きな存在であった為に、3年も続けてきたこの日記の中でさえ触れる事ができなかった。こうして書いていても、やっぱり巧くまとめられないや。
メモリの藻屑、記憶領域のゴミ 『カート・ヴォネガット氏死去』

■他にも諸々だった!

ディックやヴォネガットは別格でしたが、他にお気に入りだったSF作家はラリイ・ニーブンでした。いやあ、なにしろ『リングワールド』ですよ!『リングワールド』というのは【幅が約100万マイル、直径がほぼ地球の公転軌道(周囲が約6億マイル)の人工のリング状天体である。中心に恒星があり、“リングワールド”を回転させることで地球に近い人工重力を作り出している。リングの内側は地球の表面の約300万倍の広さがあり、居住可能となっている。リングの両縁には高さ1000マイルの壁があり、大気が逃げ出さないようになっている*1】という途方もない大きさの人工建造物であり、はるか太古に建造されたらしいこの建造物の謎を探る為に人類・異星人混成の調査チームがここに向かう、という物語なんですね。当時の最新科学情報を駆使したハードSFの側面と、コミックのような異星人が活劇を繰り広げるスペースオペラの側面が上手くミックスされた傑作でした。
スタニスワフ・レムも好きな作家でしたね。代表作といわれる『ソラリスの陽のもとに』は映画を先に観てしまったもんですから小説のイメージがちょっと薄いんですが、それよりも『砂漠の惑星』『宇宙飛行士ピルクス物語』が好きでした。やはりレムといえば”究極のディスコミュニケーション”、”徹底的な相互不理解”を描いた作家、ということになるでしょうか。ここまで凄まじい【不可能】【不可知】を描ききってしまう冷徹な視線というのは、ある意味SFというジャンルでしか成し得ないような気がします。一方『宇宙飛行士ピルクス物語』は様々なテーマのSF短篇が収められていますが、その中の「テルミヌス」という物語は、オレがこれまでSF小説で読んだ最も怖い話の一つです。老朽宇宙船を舞台にした幽霊譚なんだけどね…。あー、もう一回読み返したくなってきたなあ。
あとはジョー・ホールドマンジェイムズ・ティプトリー・ジュニアグレッグ・ベアやオーソン・スコット・カードやバリントン・J・ベイリーや、その他その他、あれこれ読みましたが、なぜかSF界の巨匠と呼ばれるアイザック・アシモフアーサー・C・クラークは文章の科学者臭さが苦手で殆ど読んでいないんですよ。あとエドガー・ライス・バローズ物やローダン物も読まなかったし、スペースオペラ、さらにファンタジィ系も全くといっていいほど読みませんでしたね。結局SF好きとか言って読んでいたのは殆どディックとヴォネガットばかりだったのかもしれないなあ。
その後ウィリアム・ギブソンブルース・スターリングと出会いサイバーパンクにはまったり、ダン・シモンズの『ハイペリオン』シリーズにはまったりしていましたが、読んだSFを全部挙げていくときりがないのでこのへんにしておきます。以上、『オレとサイエンス・フィクション!』でありました!(ネタ振りしていただいた雪狼さんどうもありがとうございました。書いていて楽しかったです)

(この稿おわり)

*1:Wikipedia:『リングワールド』