■ホビット 思いがけない冒険 (監督:ピーター・ジャクソン 2012年ニュージーランド・アメリカ映画)
■『指輪物語/ロード・オブ・ザ・リング』の前日譚
J・R・R・トールキンのハイ・ファンタジー小説『指輪物語』を原作とした映画『ロード・オブ・ザ・リング(以下LOTR)』3部作は自分の中でも相当愛着のあるシリーズで、その前日譚でもある原作『ホビットの冒険』が映画化されると聞いた時は大いに期待しその完成を今か今かと待ちかねていたが、今回それが3部作の第1部『ホビット 思いがけない冒険』として公開されることとなった。いや嬉しいね。しかし最初は2部作と聞いていたのだが、そこはピーター・ジャクソン、作っているうちにお話が膨らんじゃって2作で収まらなくなってしまったのだろう。しかし『指輪物語』は文庫本だと3部6分冊の分量でこれを3部作で映画化したのだが、『ホビットの冒険』は原作でもたった1冊、または上下巻本である。これをどう3部作に料理したのかというと、『指輪物語』追補編にあるホビット世界の註釈を元に、原作を膨らませ世界観を大いに拡げたものであるのらしい。
そもそも、児童文学として書かれた『ホビットの冒険』とその続編でありながら大人向けのファンタジーとして書かれた『指輪物語』とでは、同じ世界を舞台にしながらもその作品の感触はまるで違う。『ホビットの冒険』はある意味シンプルな冒険譚だったが(ただし後半はとても大人の物語となる)、『指輪物語』は「全てを統べる一つの指輪」を巡り善と悪とが入り乱れ世界の命運をかけた壮大な戦いを繰り広げる神話物語として完成しているのだ。だから『指輪物語』は『ホビットの冒険』には無い圧倒的な"暗さ"があり、それが作品の深みともなっており、映画化された『LOTR』もその破滅的な暗さと死の影が全編を覆っていて、だからこそその影を拭うべく尽力するホビットら無力で非力な者たちの勇気や心の繋がりが大きな感動を呼んだのだ。
そういった部分で映画『ホビット 思いがけない冒険』は逆に分かりやすい冒険の物語として『LOTR』とはまた異なったスタンスで進んでいくのだ。物語はかつて黄金の財宝に溢れ栄華を誇ったドワーフの王国が邪竜の出現によって壊滅したという伝説から始まる。そして主人公のホビット、ビルボ・バギンズは魔法使いガンダルフに、このドワーフの王国を取り戻すために13人のドワーフ族とともに冒険の旅に出ないかと誘われ、不承不承その旅に随行することを承諾する。そして旅の最中に出会う様々な獰猛で不気味な種族との戦いを経ながら物語は進んでゆくのだが、その中で『指輪物語/LOTR』へと継承される冥王サウロンの邪悪な陰謀の片鱗が見え隠れするところがこの映画ならではの演出となっている。
■嬉しい配役、素晴らしい冒険
しかしそれにしても映画冒頭から『LOTR』で老成したビルボを演じるイアン・ホルム、さらに『LOTR』主人公フロド・バギンズを演じたイライジャ・ウッドが登場するのがなにしろ嬉しい!物語は『LOTR』でのビルボがその誕生日にかつての冒険を回想する、という形で描かれているのだ。年代的には『LOTR』の60年前、ということらしい。そして旅の途中でエルフの住まう裂け谷に駐留する場面では、『LOTR』で活躍したエルロンド卿、ガラドリエル(様)、さらにはサウロンの邪悪に染まる前のサルマンまでがそれぞれ同一の俳優で演じられ登場しているではないか!もう『LOTR』ファンにとってはにんまりし通しの1シーンだったのは言うまでもない(どうやら3部作後半にはレゴラスの登場もありそうだ!)。さらにドワーフ部隊の一人は後に『LOTR』で旅の仲間となるギムリの父親がいる、といった設定も嬉しいね!それと作中語られるネクロマンシーという謎の幽鬼の正体は、実はあの冥王サウロンだったりするのだ。
映画は冒険譚ということもあって次から次に危機が迫り、トロールやらオークやらゴブリンやらワーグやらの気色悪い種族、そして信じられないほどデカイ岩の巨人種族が現れてビルボとドワーフ一行の行く手を阻んでゆく。だからもう全編戦いに次ぐ戦いのアクションの連続で、この辺は非常にシンプルに楽しむ事が出来る。『LOTR』完結から早9年の歳月が経ったが、その間に進化したテクノロジーが圧倒的な特殊効果を可能にし映画のアクションを血沸き肉踊るものとして完成させているのだ。そしてその中でオーク族とドワーフ族との過去の血塗られた因縁が語られ、さらにかつて邪竜に襲われたドワーフ族を見捨てたエルフ族との確執なども描かれて、物語に奥行を与えてゆく。しかしそんな戦いの中でもビルボのどこかとぼけた明るさとユーモア、そしてドワーフ族たちの粗野だが陽気な喧しさはこの物語のもうひとつのトーンとなっている。なにしろこの映画のドワーフ族、髭ひげヒゲの髭連中だらけで、暑苦しいことこの上ないのだが、どこか憎めなくて楽しい連中だ。しかしただ一人、祖国復活の悲願とオークへの復讐を胸に秘めるドワーフの王トーリンの暗さが異彩を放ち、これもまた物語に陰影を加味しているのだ。
■ゴラム登場!
そしてなにしろ忘れてはいけないのが『LOTR』で最も重要な役柄だったゴラムの登場だろう。ゴラムとビルボの出会いは、すなわちゴラムの持つ"いとしいしと"=「全てを統べる一つの指輪」がどのようにしてビルボの手に渡ったかが描かれ、この映画のハイライト中のハイライトと言えるだろう。そして今回のゴラム、特殊効果テクノロジーの進歩のせいか、『LOTR』以上に表情豊かで、細部に渡って表現力が増しており、変な言い方だが愛らしさまで感じるではないか!あともう一つ付け加えるなら、『LOTR』以前ということもあって、歯の数が多いのを発見するのも映画を楽しむポイントのひとつだ!様々な亜人種種族が入り乱れる映画『ホビット』の中でも、このゴラムの造形に相当の力が注ぎ込まれていることは映画を観れば明らかだろう。ゴラム・ファンはもう狂喜乱舞するに違いないこと請け合いだ。
その他にも、『LOTR』であれだけ膨大なロケーションを使用したニュージーランドで、まだこれだけ見せらる場所が存在していたのか!と思わせる自然の風景の素晴らしさとか、サウロン以前ということで『LOTR』の暗さとはまた違ったパステル・トーンで描かれる中つ国描写が美しかったりとか、従来の秒間24コマのフィルムを凌ぐ秒間48コマのHFR(ハイ・フレーム・レート)フォーマットでの上映とか、魔法使いの一人として登場するラダガスト率いる大ウサギ橇の活躍が大いに楽しかったりとか、そのラダガストの友人?ハリネズミ、セバスチャンのヒクヒク具合が実に愛らしかったりとか、書いていけばきりがないほど『ホビット 思いがけない冒険』は魅力に溢れた映画として完成している。とはいえ、この作品は3部作のまだ第1部。『LOTR』がその章を経る毎にその凄まじさをどんどんと増していった事を考えると、実はまだまだ序の口ということが考えられるのだ!そして、原作から考えると、この物語の後半には恐るべき戦いが控えているわけで、それがどう料理されているのかを想像するだけで、ああ、もう第2部第3部が待ち遠しくてしょうがない!完結は再来年だと!?観るまで死ねないぞ!?
■トールキンとファンタジー物語
それにしても、こうして映像化されてみるとトールキンの原作というものがいかにヨーロッパの脈々と続く歴史の中における様々な民族・部族の興隆と衝突、その戦いに彩られた歴史性をもとにして描かれたものであるのかを歴然と知ることになるとは思わなかった。原作を読んでいた時はまるで気が付かなかったが、「古代栄華を誇っていたある民族がその土地を追われ長きにわたる流浪の歴史を経た後に国家再建の悲願を胸に再び戦いの旅に出る」だなんて、もはやあの民族以外考えられないではないか。しかしトールキンの物語はそれをモチーフとして使いつつもあくまでアレゴリーとして止め、決して現実の何がしかの国家や政治状況を持ち込むことを注意深く避けてファンタジーという「空想物語」に落とし込むことを成し遂げている。そういえば「指輪物語」にしろ、トールキンはその中に彼自身の戦争体験が反映されているのではないかという指摘をやんわりと否定していることからわかるように、彼にとって物語世界を構築する作業において、そこに現実世界のあからさまな在り様を持ち込むことは「空想物語」である物語世界への不遜で無礼な行為であるという信条があるのだろう。そういったトールキンらしいアレゴリーの在り方がわかるといった部分でこの「ホビット」は別の意味で面白かった。
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