おおそうじゃ、たまにはカレーでも作ろうかの、と思ったオレである。長きに渡る清貧の日々、その中で連綿と食卓に上り続けてきた具の無いスパゲッティに身も心もそして胃も疲れ果てたのである。しかし薄給とはいえ中小企業において47歳課長職に就くこのオレが何故にしてこれほどお金がないのかは謎であり真相は秘密のベールに包まれているのである。即ち「fumoさんの秘密のベール」であるがこうして書くと我ながらとてもいやらしく気持ち悪く感じるのは何故であろう。
そんな訳でカレーである。カレーと言ってもインド風とかそういうのではまるで無く、ハウスだのS&Bだののカレールーをば使った白い飯に合うありふれた和カレーである。人並みにカレー好きなオレはインドカレーだのタイカレーだのパキスタン風だの散々食い歩いたものだがやはりこうしてオッサンになり落ち着くのは和カレーなのである。言うなればロックだパンクだと騒いでいた時代が終りようやっと演歌の歌声が心に沁みる歳になったという事なのであろう。おふくろさんよ〜おふくろさん〜〜。ちなみにオレの好みはハウスジャワカレー辛口である。あれこれ使ってみたがこれが一番安心できる味なのである。
さてそんな和カレーであるが勿論凝った作り方など一切しない。切って炒めて煮るだけである。単純至極である。そしてカレーを作るメリットの一つはたっぷり作って数日それで食いつなぐということが出来ることにあるだろう。即ち清貧の徒にとってカレーは一度作れば少なくとも3日は持たせられるという非常に経済的な食物なのである。
ところでこの件について21世紀に入ってから最も驚愕した事実が存在していたのである。
なんと、カレーに入れたジャガイモは傷みやすいというではないか。
これはショックであった。今までカレーで腹を壊したことは無いが(食いすぎたり辛くしすぎて胃を悪くしたことはあるが…って結局腹壊してんのか?)、カレーのジャガイモが痛みやすいというのは40も過ぎてからはじめて聞いた話だったのである。
そんなことを聞かされるとどうも落ち着かない。そしてあんなに好きだったジャガイモをカレーに入れるのを躊躇してしまう自分を発見する。これまで仲良く遊んでいた隣のチイちゃんのお父さんが実は刑務所にいると聞いて急に遊ぶのを止めてしまった子供のような気分である。そう、オレにとってカレーとはジャガイモだった。ご飯の上に転がるゴロンとした大きなジャガイモ。出来たてだと芯まで熱くて頬張ると必ず口の中を火傷したジャガイモ。煮込みすぎると溶けちゃって跡形も無くなってしまうジャガイモ。カレーを作るときに皮をむくのがとても面倒だったジャガイモ。でも、オレは、オレは、そんなジャガイモのことが、大好きだったんだ。
しかしそんなジャガイモはもういない。オレとジャガイモの幸福な蜜月時代はもう終わってしまったのだ。いつか子供が大人の階段を上り大切にしていた様々なオモチャたちとの思い出を忘れるように。でも、人は、そうして成長してゆくものなんだ。ちょっとオレは感傷的過ぎたかもしれない。まあジャガイモなんざ無くともカレーはカレーである。ピーター・ガブリエルが抜けてもジェネシスはジェネシスだったようなものである。よし、前向きに生きよう。ジャガイモのいない新しい人生を受け入れよう。オレはそう思ったんだ。と言う訳でジャガイモ抜きカレーで今週も食い繋いでいるこのオレなのである。