ところでふもさん、今年も年賀状よこしなよ

仕事中、電話をとっていたら相手の女性に「ふもさんでしょ!」と言われる。「あ、なんだ!」とオレ。彼女は以前オレの部署で仕事を手伝ってくれていた派遣会社の女性だった。一年ぐらい前にオレの会社からオレの同業種の別会社へと勤務先を替えていた人だ。
「久しぶりー」「元気だった?」などとありふれた挨拶をしていたのも束の間、「ねえ、この間電話した時やたら不機嫌な声だったわよ!そんなに忙しいの?」と突っ込まれる。「あんまりぶっきらぼうだったから、あたし名乗んなかったし、なんか腹立って途中で電話切ろうかと思ったわよ!」とちょっとした剣幕。…確かに心当たりが無いわけではない。と言うか心当たりだらけだ。オレの仕事中の電話はぶっきらぼうを通り越して剣呑で棘がある。実にいや〜んな人間に成り下がって電話に出ているのだ。
「そうだよ、忙しいんだよ!って言うか名乗ってくれればいいじゃないかよ!」と弱弱しく応戦。すると彼女はふてぶてしい声で「何言ってんのよ〜、名乗らない時にはどんな仕事振りしてるのか確かめるのが面白いんじゃないよ〜」。ああもう向こうのほうが上手である。オレの負けである。「悪かったな!気をつけるよ!」と負け惜しみを言うオレ。
「ところでふもさん、今年も年賀状よこしなよ」。ここで休戦らしい。年賀状かあ、彼女とは仕事移ってから疎遠だったし、別に連絡取ってるわけでもないし、もう今年はいいかなあ、などと思っていた。別に疎ましかったわけではない。ただ、どうもオレは人間関係に粘り強くないのだ。
オレは何時もは大口叩いているけれど、それでも人間関係が億劫な男だったりする。相手が女性だったら無意味に自意識過剰になる。オレの不埒な言動や態度は全てその裏返しで、そしていい歳して、傷付きたくないばっかりに、去るものは追わず、なんて言ってみたりする。確かに人間関係は疲れるものかも知れないけれど、でも疲れるだけのものでも無いはずなのに、決してプラスの部分は見ようとしない。精神的な体力が無いんだとつくづく思う。
「ああ、年賀状は昨日買ったばかりだよ。何にも書いてないけど、よかったら出すよ」と少し後ろめたそうにオレ。「でもさあ、出す人間なんて誰もいないんだよ。前の事務所も移っちゃったし、みんなオレの事なんか忘れてるよ。」未だにいじけている。情けない。すると彼女、ぎゃははと笑い「なーに言ってんのよ、誰もふもさんの事なんか忘れないわ。あたしだって目をつぶればふもさんの顔が浮かんでくるわよ。その丸顔とギョロ目ね!」情け容赦ない。「だいたいふもさん、そうやって引いてちゃ駄目よ。人間関係は自分から作ろうとしなきゃ!」しまいには説教である。オヤジ形無しである。
彼女自身は30代、結婚している。飲んで話した事があるけど、とてもリアリストで実用主義の人だ。不動産だの生涯設計だの、面倒くさい親戚付き合いにおける効率的な根回しの話だの、オレという人間が最も苦手としている事柄を、テニスの練習でもしに行くかのように気楽に話す。面白かったのは結婚式の話。ウェディング・ドレスを「あんな馬鹿な衣装」と言い、「披露宴はしょうがなくて着たけど、いい加減嫌になって、記念写真はスーツに着替えさせてもらったわ。だからあたし、ウェディングドレスの写真って無いの」などと言っていた。「親泣いてたわよ〜」とゲラゲラ笑う。素晴らしいこの独立独歩。オレは嫌いじゃない。いやむしろ大好きだ。
「でも年賀状、会社休みに入ってからでなきゃ書けないから、きっと元旦には届かないよ。その辺は勘弁してくれよ。」とオレ。「大丈夫よ、あたしもまだ書いてないもん。」…なんなんだ君は!
なんか電話の用事が終わった後は暫く気分がほんわかしていた。時々、こんな人たちにオレは生かされてんのかなあ、と思うことがある。