ワシントン・ポー・シリーズ第4作『グレイラットの殺人』を読んだ

グレイラットの殺人 / M・W・クレイヴン (著), 東野 さやか (翻訳)

グレイラットの殺人 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

貸金庫を襲った強盗団が、身元不明の遺体と鼠の置物を残して姿を消した。三年後、サミット開催が迫るなか要人を搬送するヘリコプター会社の社長が殺される。テロを警戒した政府はポーに事件の捜査を命じるが、MI5の妨害で捜査は遅々として進まない。天才分析官ティリーが発見したデータのおかげで犯人を追いつめたかに見えたが…。二転三転する状況でポーが辿り着いた真実とは。

ワシントン・ポー・シリーズ第4作『グレイラットの殺人』は、一見無関係な二つの殺人事件から幕を開ける。一つは、貸金庫強盗団が仲間の一人を銃殺し、金庫内に放置した事件。そして三年後、国際首脳会議の要人輸送を担うヘリコプター会社社長が、薄汚れた売春宿で拷問の末に撲殺されるという、およそ結びつかない出来事だ。その事件捜査に、主人公ワシントン・ポーはなんと英国情報局保安局、MI5に召集されてしまうのだ。

今回のシリーズは、その舞台をこれまで以上に広げ、MI5に加えFBIまでが介入する国際的で壮大な事件へと発展する。捜査の過程でアフガニスタン戦争におけるある分隊の全滅事件が浮かび上がると、MI5は執拗な隠蔽工作と妨害を仕掛け、ポーは文字通り絶体絶命の窮地に追い込まれる。これほど強大な国家権力を敵に回し、彼に打つ手はあるのか?

本作の凄みは、スケールの大きさや歴史的事実の重みだけでなく、MI5という超強力な国家機関とポーが繰り広げる、息詰まる「鍔迫り合い」にある。単なる対決に留まらず、懐柔、結託、そして狡猾な駆け引きが応酬する様は、これまでのシリーズにはない壮絶な展開を見せ、物語は殺人ミステリの枠を超えたポリティカル・サスペンスの様相を呈している。その骨太な筆致と凄味には、ただただ脱帽させられる。

そしてやはり痛快なのは、MI5という剣呑な政府組織を相手にしても、物怖じせず辛辣に振る舞い、時にはとぼけた「腹芸」まで連発するワシントン・ポーの雄姿だろう。そのあまりに堂々とした態度が逆に窮地を招きがちなのだが(笑)、それこそが「誇り高きウェールズ人気質ここに極まれり」といった風情だ。事件がどれほど暗く複雑で救いようのないものであっても、一人の警察官として常に真摯に、そして少々の脱線を挟みながらも、事件の核心にぶち当たってゆく、その確固たる根性に私たちは魅了されるのだ。