ワシントン・ポー・シリーズ第5作『ボタニストの殺人』を読んだ

ボタニストの殺人(上)(下) / M・W・クレイヴン (著), 東野 さやか (翻訳)

ボタニストの殺人 上 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫) ボタニストの殺人 下 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

生放送のトーク番組で、女性蔑視の持論を展開していた自称ジャーナリストの男性が突然倒れ、搬送先の病院で死亡した。男性は脅迫状を受け取っており、警察は殺人事件として捜査を開始する。そのころ、ポーの元に電話が入り、同僚のドイルが父親を銃で殺害した容疑で逮捕されたという。ポーはロンドンから500キロ離れたノーサンバーランド州にいるドイルの元へ向かうが…。“刑事ワシントン・ポー”シリーズ第5作。

今回のワシントン・ポー・シリーズで描かれるのは、連続毒殺事件だ。タイトルの『ボタニスト』が示す通り、植物学者による植物由来の毒物(フグ毒も使用される)を用いた殺人がテーマとなる。

特筆すべきは、犯行が衆人環視の状況下で行われ、被害者が毒により突然死することだ。次の毒殺予告後も、警察の厳重な監視下にもかかわらず、同様の手口で毒殺が実行される。これは、いわゆる「密室殺人」の構図をなしており、犯人は嘲笑うかのようにさらなる犯行を予告し、捜査陣を翻弄する。

さらに物語は、もう一つの重大な事件を並行して描く。ポーの盟友である天才病理学者・解剖医のエステル・ドイルが、自身の父親殺しの容疑で逮捕されてしまうのだ。ドイルが第一発見者でありながら、部屋から犯人が退出した形跡がないという状況から、彼女に容疑がかけられる。すなわち、二つの「密室殺人」が同時に発生し、ポーは両事件の解決に向けて奔走することになる。

本作の巧妙な点は、天才的な病理学者であるドイルを敢えて獄中に置くことで、連続毒殺犯の犯行手口の解明を、これまでのシリーズのように容易には進められなくしている点だ。また、私情を挟んでドイル事件を追うポーの焦燥が、彼を主要な毒殺事件への集中から遠ざける要因ともなっている。しかしこの困難さが、物語をなお一層面白いものにしているのだ。

さらに、犯行手口が不明で神出鬼没な毒殺者の行動は、単なる殺人事件の枠を超え、あたかもバイオテロのような様相を呈する。ついには毒殺犯がネット投票によって次の標的を募り始め、これは現代の無責任なネットリンチにも通じる社会問題を描き出す。こうした事件のスケールの大きさ、そして現代社会が抱える問題への鋭い目配せこそが、今作をただならぬ傑作へと昇華させている。

もちろんそんな中でも、ポーの偏屈さと頑固さ、相棒であるティリーとの頓珍漢な掛け合いは健在だ。ティリーの冴えまくったコンピューター知識と分析力も相変わらず頼もしい。とある事情から前作では一線を退いていたフリン警部補が復帰し活躍をみせるのも嬉しいところ。