美と若さに執着した果てを描く極悪ゲロゲロ阿鼻叫喚映画『サブスタンス』

サブスタンス (監督:コラリー・ファルジャ 2024年イギリス・フランス映画)

加齢に伴う容色の衰えからキャリアを失いつつあった女優が、謎の薬品〈サブスタンス〉を投与することで「若く美しい自分の分身」を手に入れる。再び脚光を浴び輝かしい日々を送る彼女だったが、そこにはあまりにもおぞましい落とし穴が待ち構えていた。主演を演じた現在62歳のデミ・ムーアがあたかも主人公女性と同様の境遇であることを想起させる部分で異様な迫真性を生んだホラー映画である。同時に「若く美しい分身」を演じたマーガレット・クアリーが、まさに「今が旬」の女優である部分にも同様のアイロニーが込められている。監督は映画『REVENGE リベンジ』、TVドラマ『サンドマン』のコラリー・ファルジャ。女性監督ならではの体験が生々しく生かされている作品だ。

【STORY】元トップ人気女優エリザベスは、50歳を超え、容姿の衰えとそれによる仕事の減少からある新しい再生医療<サブスタンス>に手を出した。 接種するやエリザベスの背を破り脱皮するかの如く現れたのは若く美しい、“エリザベス”の上位互換“スー”。抜群のルックスとエリザベスの経験を持つ新たなスターの登場に色めき立つテレビ業界。スーは一足飛びにスターダムへと駆け上がる。 一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーはそれぞれの生命とコンディションを維持するために一週毎に入れ替わらなければならないのだが、スーがタイムシェアリングのルールを破りはじめ―。

映画『サブスタンス』公式サイト

なにしろやり過ぎと言っていいほど悪趣味でグロテスクな極悪ゲロゲロ阿鼻叫喚映画だった。どのように悪趣味で阿鼻叫喚なのかはネタバレになるので書かないが、グロ大好きな諸兄にはナッツぎっしり確かな満足だろうし、グロ耐性のない方には決してお勧めしない作品ではある。あえて書くなら『ヴィデオドローム』『クラッシュ』等グログロホラー映画の巨匠デヴィッド・クローネンバーグが撮った『悪魔の毒々モンスター』ないしは『遊星からの物体X』。しかしクローネンバーグがある種の観念性を肉体化させた映画を撮るのに対し、この『サブスタンス』は徹頭徹尾【肉体】そのものにこだわりまくっている。それは男にとって【肉体】は容易く観念にすり替えられるが、女にとって【肉体】は切実であり、生々しく”自己”であるからだ。

ストーリーは一直線でシンプル。「悪しきルッキズム」というテーマも分かり易いほどにあからさま。それにより演出は必然的に骨太となり、鉈を振り下ろすがごとくに力業で主人公の地獄への道行を描いてゆく。画面に爆発する醜怪な光景は虚無的であるのと同時に暗い滑稽さを孕むが、それは行き過ぎた「若さと美」への執着が実は虚無的で滑稽なものであることを如実に伝えるのだ。その画面にしても冒涜的なまでにキューブリック映像を模倣しているばかりか、サントラにシュトラウスの『ツアラトゥストラかく語りき』を使っていて実に確信犯。映画『2001年宇宙の旅』ではシュトラウスの楽曲が人類の進化を高らかに告げたが、この『サブスタンス』では肉体崩壊の最終形態を陰湿に盛り上げることになるのだ。

いつもまでも若く美しくありたい。これに”女性は”と付けると他人事のようだが、男のオレだってヨボヨボの小汚いジジイになるのは嫌なものである。ただ、この社会ではより女性のほうが容姿と加齢についてのバイアスが強力なのは確かだ。それを望むのが男であるというのも、非常に申し訳なく思うけれども、認めざるを得ない。そういった部分で、男の立場から観たこの映画はひたすらきまり悪い。いくらカッコイイことを言っても、お年の召したデミ・ムーアよりも「若く美しい」マーガレット・クアリーのほうが魅力的に見えてしまう自分がいるからだ。この配役の在り方こそが監督の目論見なのだ。

こういった、あえて醜怪な高年齢女性を演じたデミ・ムーアの(あまり上手い言葉ではないが)”体当たり演技”がこの作品のキモだ。デミ・ムーアほどの女優であればどのようにも”若く美しく”装って見せることは可能だろうが、この映画ではいかに醜く見せることができるかに徹底的に舵を切っている。これは肝の座った女優でなければできないことだろう。これにより作品はデミ・ムーアの新たな代表作と言ってもいいものとして完成している。一方、主人公の「若く美しい分身」を演じたマーガレット・クアリーは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』然り、『哀れなるものたち』『憐みの3章』然り、『ドライブアウェイ・ドールズ』然りと、癖の強いキャラクターを毎回こともなげに演じる力量に改めて敬服した。それぞれ方向性は違うが、この二人の今後の活躍が楽しみでもある。

ドライブアウェイ・ドールズ

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  • マーガレット・クアリー
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