囚われの料理人は女海賊の舌を魅了できるか!?/海賊冒険×お料理小説『シナモンとガンパウダー』

シナモンとガンパウダー/イーライ・ブラウン(著)、三角和代(訳)

シナモンとガンパウダー (創元推理文庫)

「命が惜しければ最高の料理を作れ!」1819年、イギリスの海辺の別荘で、海賊団に雇い主の貴族を殺害されたうえ、海賊船に拉致されてしまった料理人ウェッジウッド。女船長マボットから脅されて、週に一度、彼女だけに極上の料理を作ることに。食材も設備も不足している船で料理を作るため、経験とひらめきを総動員して工夫を重ねるウェッジウッド。徐々に船での生活に慣れていくが、やはりここは海賊船。敵対する勢力との壮絶なる戦いが待ち受けていて……。面白さ無類、唯一無二の海賊冒険×お料理小説!

名うての料理人ウェッジウッドが海賊団に拉致され海賊船に乗せられる!彼が命令されたのは首領の女海賊に週に一度極上の料理を作る事!しかーし!ここはむさ苦しい海賊船、ろくな食材も無きゃろくな調理器具も無い!こんな厨房で料理なんか作れるのか?そもそもウェッジウッドはここから生きて帰る事ができるのか!?こんなひたすらユニークな設定の海賊冒険×お料理小説、『シナモンとガンパウダー』の始まり始まり!

というわけで『シナモンとガンパウダー』を読み終えたんですが、これがもう!最初の予想を遥かに飛び越える展開&最初の予想を遥かに超える面白さでおったまげてしまいました!

まずはお料理小説としての側面なんですけどね、19世紀が舞台なもんですから船の厨房に新鮮な食材を置いておけないのがまず最初にあるんですね。だから極上の料理の基本材料となるであろう卵やバターがまず存在しません。新鮮野菜もありません。魚は獲れますが、動物の肉は干したものだけです。小麦はありますがパンを作ろうにもパン種がない!厨房のストーブはボロでまともな火力を出せません。調理器具は推して知るべしです。

この「ないない尽くし」の中で主人公ウェッジウッドがどう機転と想像力を働かせ、単なる料理ではなく「極上の料理」を作り上げるのかがまず読み所なんですね。そして実際作り上げてしまうその描写は圧巻の一言です!物語はウェッジウッドが苦労に苦労を重ね週に一度、女船長に極上の料理を献上してゆく様子が描かれますが、これがまるで「自らの延命の為に毎夜極上の物語を語る千一夜物語のシェヘラザード」を思わせるんですね。

しかし驚かされたのはこうしたお料理小説としての充実だけではなく、海賊小説としても相当の完成度を持つ物語という事だったのですよ!

それは海賊行為の中で行われる戦闘であり、海軍や敵海賊との戦いであったりするんです。19世紀において海戦とは、海の上で船と船同士が戦うというのはどういうものだったのかを垣間見せられるんですね。それもただ銃剣や砲弾、肉弾戦のみならず、海の潮目を読み鮮やかな帆さばきによって船を優位に立たせるという戦術の在り方がもう痛快至極で血沸き肉踊らされるんですよ!そもそも「海賊小説」なんて読んだことがないので比較対象は出来ないんですが、非常にエキサイティングな読書体験でした。

さらに物語を面白くしているのは、海賊船女船長ハンナの、その真の目的なんですね。彼女は大英帝国と中国との阿片貿易を心の底から憎んでおり、これを叩き潰そうと画策していたんです。しかしその阿片貿易に実の息子が、しかも海賊となって絡んでいる、という部分が物語を困難にしているんですね。

そしてこの女船長ハンナ、第2の主人公とあってか、実に魅力的な存在です。なにしろ初登場時は2丁拳銃で現れ、そのあまりのカッコよさにニマニマさせられます!性格は残忍かつ無慈悲ではありますが、それは後に語られる彼女の地獄のような生い立ちと、海賊船という熾烈な場所で命を張っていればこそなんです。しかして裏の顔は美意識に溢れ、繊細で高い知性を持っている事も分かってきます。この二面性が彼女を複雑で芳醇なキャラクターにしているんですね。このハンナとウェッジウッドが料理を通して次第に心通わせて行く描写も読み所です。

海洋冒険小説としての醍醐味、お料理小説としての楽しさ、そして一癖も二癖もある海賊たちとヘタレの主人公によるドラマ、これらが混然一体となって得も言われぬ味わいを醸し出す物語『シナモンとガンパウダー』、興味の湧いた方は是非ご賞味あれ。