生きている潜水艦、そして海賊たちのドタバタ物語『恋する潜水艦』

恋する潜水艦 / ピエール・マッコルラン(著)、大野 多加志・他(訳)

恋する潜水艦 (文学の冒険シリーズ)

陶器製のチューリップ、学のある豚ソーセージ、人工飼料で飼育された大砲、深海でハンマースリコギ魚を写生する画家―奇妙奇天烈な多数のオブジェが登場するなか、超人カール大佐が艦長を務めるUボート713号は、南国の美しい歌姫に恋してお魚に戻っていく…「ジャリの『ユビュ王』とダダイズムとの架け橋となった作品」と評される未来派的な奇作『恋する潜水艦』。古びた海賊の地図をたよりに、金銀財宝を求めて上陸した島に見いだしたものは…“『宝島』異聞”ともいうべき傑作『海賊の唄』。カリブ海を荒らし回るバッカーニアたちの多彩なエピソードをモザイク状に綴った『金星号航海記』。独特のユーモアと幻想にあふれた冒険小説、全3編。

この『恋する潜水艦』はフランスの作家ピエール・マッコルラン(1882-1970)によって書かれた3篇の中編小説によって構成されている。このピエール・マッコルラン澁澤龍彦や生田幸作らに愛されながら日本における紹介が極めて少ないことから「幻の作家」と呼ばれているのだという。収録されている3篇はどれも「船」そして「海賊」を主役として書かれたもの。

表題作「恋する潜水艦」は「生命を持ち感情を有する潜水艦U-713」を描いたシュールな一篇だ。「生きている潜水艦」といってもSFでもなんでもなく、この物語においては生物と無生物の境界が曖昧で、それらがうねうねと動き回り時に感情を爆発させる様子を幻想的に描いているのだ。それはあたかもフランス人作家ボリス・ヴィアンの作品を彷彿させるが、そういった描写は実はこのマッコルランのほうが早かったという訳だ。このU-713に乗り込むドイツ海軍の連中もまた破天荒で常軌を逸した連中であり、物語にスラップスティックな味わいをもたらす。このU-713がある港で人間の娘に恋をするが、それを潜水艦艦長に邪魔をされU-713は反抗を企てるのだ。

「海賊の唄」は避暑地の旅館で悠々自適に暮らす金持ちの男クルールが、知り合いのエリアザールの持ちこんだ「宝の地図」を頼りに大海原に冒険の旅に出るといった物語だ。しかし実はエリアザールはクルールを密かに憎んでおり、持ち込んだ「宝の地図」も偽物で、旅先でクルールを亡き者にしようと企んでいたのだ。まずこの物語、登場する連中がどいつもこいつもクセの強い怪しげな人間ばかりで、この連中が腹の読み合い化かし合いを演じながら、野合と分裂を繰り返してゆく展開がひたすら面白い。なによりこのこってりとした人間描写が作品の魅力で、よくもまあ次から次へとこれだけの奇人変人怪人悪党を登場させたものだなと感心させられる。こうしてこの物語もタガの外れたスラップスティックな大騒ぎで展開してゆきながら、最後に暗く不気味な結末を持ち込み深い余韻を残す。

「金星号航海記」は海賊船金星号に乗り込んだ海賊たちが海の上で、あるいは停泊した港町でドタバタの大騒動を繰り広げる様子を幾つものエピソードを繋げながら描いてゆく。なにしろ登場人物は海賊なものだから、やることなすこと野放図の極み、野卑で野蛮で残虐で冷酷。海賊行為で殺戮と略奪を繰り返し、ひと仕事終わったらラム酒をがぶ飲みして大宴会と大喧嘩。彼らが港町で出会う連中も脛に傷持つ一癖も二癖もある怪人揃いで、そんな怪人たちが過去に体験した蛮行や異常事態を思い出話で語り始める。これら海賊たちの明日をも知れぬ刹那的なエピソードの数々が愉快な作品だ。

あとがきで知ったのだが世にいう海賊たちを扱った「海賊史」の基本文献は16世紀末から17世紀に書かれた2冊の本しかないのらしい。1冊がオランダ人アレクサンデル・オリヴィエル・エスケメリンク著『アメリカの海賊』、2冊目がイギリス人チャールズ・ジョンソン著『もっとも悪名高き海賊たちの強奪と殺人全史』。要するにロバート・ルイス・スティーヴンスンの『宝島』や映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを始めとする多くの海賊物語は、このたった2冊の基本文献から派生したものだということなのだ。ちなみに海賊のコスチュームというのは実は資料が存在していないらしく、一般に流布する「海賊ルック」というのは当時のスペインの盗賊を参考にして作り上げられたものだという。