航空機事故を巡る恐るべき陰謀/映画『ブラックボックス 音声分析捜査』

ブラックボックス 音声分析捜査 (監督:ヤン・ゴズラン 2021年フランス映画)

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映画『ブラックボックス 音声分析捜査』は墜落した旅客機のフライトレコーダーを調査する音声分析官が恐るべき陰謀に巻き込まれる、というフランス産のスリラー作品である。主演は『イヴ・サンローラン』のピエール・ニネ、『夜明けの祈り』のルー・ドゥ・ラージュ。監督は『パーフェクトマン 完全犯罪』のヤン・ゴズラン(とか書きつつどれも観てないのだが)。

【物語】ヨーロピアン航空の最新型機がアルプスで墜落し、乗客乗務員316人全員が死亡。さらに、事故機のフライトレコーダー、通称「ブラックボックス」を開いた航空事故調査局の音声分析官ポロックが、謎の失踪を遂げる。ポロックから調査を引き継いだマチューは「コックピットに男が侵入した」と記者会見で発表。乗客にイスラム過激派と思われる男がいたことが判明したことで、マチューの分析は高く評価される。ポロックに代わる責任者としてさらなる調査を続けるマチューは、被害者の一人が夫に残した事故直前の留守電を聞く。しかし、その音がブラックボックスに残された音と違う事実にマチューは愕然とする。

ブラックボックス 音声分析捜査 : 作品情報 - 映画.com

非常に手堅く作られ、サスペンスの度合いも申し分のない、優れた作品だった。事故現場から回収されたフライトレコーダーを開封する部分から既にして緊張感が高まり、その緊張はクライマックスまで持続しながら、驚くべき結末を迎えるのだ。

まず主人公ポロックの音声分析能力が桁外れに凄まじい。雑音だらけで聞き取りの困難な録音資料を音響テクノロジーを利用してクリアにし、そこに録音された些細な音一つから機械の不調音を聞き分け、現場における状況をそれが眼前で展開しているかの如く解析する。これはもう特殊能力とすら言えるほどだ。彼はあまりに聴覚に鋭いばかりに日常生活の雑音が耐えられずノイズキャンセリングイヤホンを常用しているほどだ。

しかしこのように高い分析能力を持つポロックですら、事態の解明には困難を極めた。最初テロ犯による犯行と思われたものが、次第に辻褄が合わないことに気付かされてゆくのだ。さらに前任者の謎の失踪には、陰謀の饐えた臭いが立ち込める。ではいったい何が起こったのか?真実はどこにあるのか?こうしてポロックは迷宮化した事件の中に迷い込む。その行動はいつしか暴走し、証拠入手の為に犯罪じみた行為まで行うようになるのだ。

一歩先には闇ばかりが広がり、誰一人信用できない、というこの寒々とした光景からは、オレなどはロマン・ポランスキー監督のスリラー映画『ゴーストライター』を思い出した。また、聴覚という特殊な部分に注目した作風からは、同じくフランスの傑作潜水艦アクション『ウルフズ・コール』を彷彿させるものがあった。誰が敵で誰が敵ではないのか。誰もが陰謀に加担しているように見え、さらに自分の行動にすら疑問を持つようになってゆくポロック。こうして物語は不信と疑念とが全てを覆う暗く荒涼としたものと化してゆく。ヨーロッパ映画らしい湿度も温度も低い青白い映像がそれになおさら拍車をかける。主演であるピエール・ニネの線の細さも物語を神経症的に彩ることに成功している。非常に抜きんでたサスペンスでありスリラーであり、十分に評価できる作品だろう。

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