先日冨田勲の訃報を聞いて「ああ、冨田さんまで…」と残念な気持ちで一杯のオレである。今年まだ1年も経っていないというのに、デヴィッド・ボウイ、プリンスときて、またしてもオレの個人的な音楽史の中で重要だった方が亡くなってしまったからだ。
冨田勲の音楽は、まだ10代の頃、ロック・ミュージックなんかを聴き始めるよりも先に出会い、愛聴していた。それはホルストの『惑星』を、冨田氏がシンセサイザー・アレンジした作品だった。中学2年生位だったろうか、レコード店に行くと(まだレコードだったのですよ)、漆黒の宇宙空間を背景に、銀色に輝く丸っこい宇宙船の描かれたポスターがドーンと貼られていていたのだ。見ると、「冨田勲」なる人物の作った『組曲:惑星』というアルバムなのらしい。しかも、「シンセサイザー」という、聞いたことの無い電子的な楽器により作成されたものだという。当時からSF小説の好きだったオレは、このあまりにもSFしまくったポスターに魅せられ、そして「シンセサイザー」という蠱惑的な響きを持つ未知の装置の名前に心ときめかせた。
「なんなのだろうこれは…」。中学生の少ない小遣いを掻き集めてレコードを購入し、家に帰ってステレオで聴いたその音楽の中には、
未来と、宇宙が広がっていた。
ノスタルジックなオルゴールの音色から始まるその音楽は、電子音の交信へと続き、そしてカウントダウンへ、ジェットブースターの点火へ、ロケット打ち上げの轟音を経て、禍々しいドラム音と共に、強大な質量が凄まじいスピードで空間を切り裂いてゆくような音響が鳴り響いていった。これが、冨田勲、ホルスト『惑星』の第1曲目『火星』である。それはメランコリックであると同時に天上を漂うかのような美しい曲へと続く。2曲目『金星』である。コミカルでリズミカルな『水星』を経て、曲は宇宙飛行の限りない成功を祝したかのような、圧倒的な明るさと肯定感に満ち溢れた曲へと続いてゆく。このアルバムのハイライト『木星』だ。しかしその宇宙旅行にも陰りが見え始める。何か未知の障害と遭遇したのだろうか。それが『土星』だ。そして終章となる『天王星・海王星』では、なにもかもが混沌としながら無限の宇宙へ消え去ってゆく様が描かれる。
一枚のレコードの中に、茫漠として広大な空間と、骨まで焼き尽くす灼熱と、魂まで凍える冷気と、そこを限りない速度で飛行してゆくイメージが存在した。それは、紛うことなく【宇宙】だった。
なんと凄いのだろう。世界にこんな音楽が存在するとは。それからオレは冨田勲の音楽にはまり込んでゆき、既に発売されていた『月の光(ドビュッシー)』『火の鳥(ストラビンスキー)』『展覧会の絵(ムソルグスキー)』といったアルバムを買い揃えていった。特に冨田のシンセサイザー・ミュージック最初期の作品である『月の光』は、最初こそ静かすぎてつまらなかったものの、次第にそのシンプルでありながら奥深いシンセサイザーの音に惹かれるようになっていった。冨田の『月の光』は、「侘び寂び」でありリリシズムであった。この『月の光』は今でもたまに引っ張り出して聴いている。まるでクラシック知識の無いオレが、ドビュッシーの曲だけはきちんと曲名が分かるのも、冨田のおかげだろう。
冨田好きが高じたオレはクラスで冨田音楽の布教活動に勤め、誰彼となく『惑星』のレコードを無理矢理貸し付けた。高校生の頃、そんな被害者の一人であったある友人がシンセサイザーに目覚め、発作的にシンセサイザーを購入してしまったのは今でも思い出深い。まあ5万円弱の高校生の溜めた小遣いでなんとかなるような品物ではあったが。この彼のシンセサイザーは高校のブラスバンド演奏会でも使われ、YMOのライディーンを奏でたり、それとか学校祭でバンド演奏をやる連中がちょっと変わったキーボード機材として借り受けハードロックを演奏したりもしていた。
その後冨田の『宇宙幻想』あたりから、どうも情緒過多に聴こえてきて冨田音楽自体は聴かなくなった。しかし電子音楽の音からはなぜか離れられなくて、ブライアン・イーノの『アナザー・グリーン・ワールド』を始めとする諸作やデヴィッド・ボウイの『ロウ』『ヒーローズ』にシンセサイザーの限りなく豊かな表現力を感じていた。その電子音への憧れはクラフトワークを経て遂にテクノ・ミュージックへと繋がってゆく。そして今や日々エレクトロニック・ミュージックのアルバムを漁り、そんなエレクトロニック・ミュージックが生活の中になくてはならいものとして存在している。
今現在のこうした音楽的嗜好を決定したのはやはり、10代の頃聴いた冨田勲の『惑星』であり、『月の光』があったからなのだろうと思う。オレにとってエレクトロニック・ミュージックのその始原にある音はクラフトワークでもYMOでもなく、冨田勲だった。そしてオレが今様々に豊かな表現を織り成すエレクトリック・ミュージックを愛し喜びを得られているのも、冨田音楽との出会いがあったからだった。
それにしても、本当に不思議に思う。ボウイが、プリンスが、冨田が死んだ時に、彼らの溢れる様なイマジネーションは、いったいどこに消えてしまうのだろうか?と。いや、それは単に修辞的な問い掛けでしかなく、彼らのイマジネーションは、彼らの肉体と共に消え去ってしまうものなのだということを、オレは十分すぎるほどに知っている。でも、つい妄想せずにはいられないのだ、彼らのイマジネーションが、今も世界を、天を、この宇宙を駆け巡っていることを。
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