レフン監督の描く新たなる暴力の神話〜映画『オンリー・ゴッド』

■レフン監督作品の集大成

ニコラス・ウィンディング・レフン監督に『ヴァルハラ・ライジング』(2009年)という北欧神話を基にした作品がある。キリスト教徒のヴァイキング戦士たちが、エルサレムを目指しながら得体の知れぬ異郷に紛れ込み、その地の先住民との間で激しい戦いを繰り広げ、そして倒れてゆく、という物語だ。粗筋だけなら面白そうな物語なのだが、個人的には失敗作という印象を受けた。幻想的なイメージに彩られた野心的な作品ではあったが、語り口調が観念的に過ぎ、表現したいものに技量が追い付いていない感触があったのだ。
しかしレフン監督はその後『ドライヴ』(2011年)をものにし、その名を世界に知らしめることとなる。そして次回作として新たに監督したこの『オンリー・ゴッド』は、『ドライヴ』の世界観の中で『ヴァルハラ・ライジング』を再話しようと試みた作品として仕上がっていた。そしてその作品は、『ヴァルハラ・ライジング』の反省点を乗り越え、さらにこれまで監督した『ブロンソン』や『プッシャー』の狂気と諧謔を加味した、まさにレフン監督作品の集大成として完成していたのである。

■どこまでもドラッギーな映像表現

舞台はタイのバンコク。主人公ジュリアン(ライアン・ゴズリング)はボクシング・クラブを経営しながら裏では麻薬密売にかかわっている。ある日、兄のビリーが14歳の売春婦を惨殺し、その父に報復として殺害される。報復を促したのは元警官である謎の男・チャン(ウィタヤー・パーンシーガーム)。彼は犯罪に対して独自の倫理により苛烈な制裁を行う男であり、現職警官からも絶対の崇拝の対象となっていた。そこにアメリカからジュリアンとビリーの母クリスタル(クリスティン・スコット・トーマス)が乗り込んでくる。クリスタルは巨大な犯罪組織を取り仕切る女であり、殺された息子の復讐の為、チャンとそれに関わるもの全てを皆殺しにする命令を下すのだ。
オンリー・ゴッド』は物語だけを追うなら(『ドライヴ』がそうであったように)よくあるようなクライム・サスペンスである。この映画で描かれるのは徹底した暴力である。暴力が暴力を呼び、殺戮が殺戮を引き寄せる。それは苛烈を極め、どこまでもエスカレートしてゆく。しかし、この映画にアクションの疾走感や爽快感を期待するとすぐさま裏切られることになる。この映画で描かれるのはどんよりとした暴力の暗い予兆と緊張感であり、そして暴力そのものの冷たい恐怖なのである。映画ではこれらをゆっくりと舐める様なカメラワークと、殆ど動かないキャラクターのカットを次々に繋いでゆくことにより、異様な空気感を醸し出しながら進行してゆく。
映画の異様さは、神経症的なシンメトリー画面の多用と、暗い闇の中で躍る毒々しい赤と青のライティングと、重低音の強調された電子音が鳴り響くBGM、さらに、何の説明も無く突如挿入される幻覚シーンとで、いやがおうにもその不気味さを高めているのだ。それはどこまでもドラッギーであり、むしろこの映画の主役が、このドラッギーな音楽と映像にこそあると思い知らされる。そしてその不気味な映像効果の中で、苦痛に満ちた暴力が花開く。それは果てしなく狂気めいており、にもかかわらず、背徳的な荘厳さに溢れ、神の祭壇における贄の儀式のようですらある。それはあたかも、キューブリックの霊に取り憑かれたデヴィッド・リンチが、過剰投与した薬物の幻影に狂いながら、北野武のバイオレンス映画をリメイクしたような作風なのだ。

■東洋と西洋の神話が出会う時

そしてこの映画のテーマは、実は単純な報復の物語ではなく、『ヴァルハラ・ライジング』の如き、ある種の神話性を帯びたものなのだ。舞台となる東洋の国バンコクは、西洋人にとっては異質な精神世界の横溢する土地として、既にして「異界」である。この「異界」を支配するのが裁きの神、チャンなのだ。即ち、「異界」に紛れた西洋人が異質な【神】と遭遇し、彼らにとっては不合理な裁きを受ける、これが『オンリー・ゴッド』の世界観なのである。ではなぜ西洋人が「異界」で「異質な神」に裁きを受けなければならないのか。それは『ヴァルハラ・ライジング』がそうであったように、西洋文明的な宗教観・アイデンテイティを超越した絶対の力に主人公が凌駕される、それこそがレフン監督の創作テーマとして存在しているからなのではないか。

この映画の神話性はそれのみにとどまらない。冒頭の「少女娼婦殺し」は何故行われたか。これは太古に行われたという、神に処女の生贄を捧げる儀式と被らないか。これに召喚されたのが裁きの神、チャンであったではないか。さらに、かつて父を殺し、そして強烈な母親への愛憎に支配される息子、という主人公ジュリアンの設定は、エディプス・コンプレックスの語源となったギリシャ神話の登場人物、オイディプスそのままだろう(だからこそ、クライマックスにおける母親とのとあるグロテスクなエピソードは、母親との交合を暗喩するものに他ならない)。オイディプスは怪物スピンクスの謎かけを解き、これを退治したことで知られるが、この西洋における神話の登場人物オイディプスが対峙するのが、東洋の裁きの神であった、という仕組みになっているのがこの作品なのだ。西洋神話と東洋神話が出会う時、そこに何が起こるのか。それを描いたものこそが、映画『オンリー・ゴッド』なのである。

巷では観る者を選ぶ作品として賛否両論となっているこの物語であるが、個人的には非常に優れた暴力の寓話として堪能することができた。2014年も始まったばかりではあるけれども、今年はこの『オンリー・ゴッド』を超えることのできる映画かどうかで、全ての映画作品を評価することになりそうだ。素晴らしい傑作である。
『オンリー・ゴッド』オフィシャルサイト




Only God Forgives/O.S.T.

Only God Forgives/O.S.T.

ドライヴ [Blu-ray]

ドライヴ [Blu-ray]

ヴァルハラ・ライジング [DVD]

ヴァルハラ・ライジング [DVD]

ブロンソン [DVD]

ブロンソン [DVD]