シャンブロウ / C・L・ムーア

シャンブロウ (ダーク・ファンタジー・コレクション)

シャンブロウ (ダーク・ファンタジー・コレクション)


C・L・ムーアのノースウェスト・スミス・シリーズといえばSF黎明期におけるスペース・オペラの代表的作品であり、その第1作「シャンブロウ」はSFファンであれば知らないものがいない作品といえるだろう。1933年から書き始められたこのシリーズは、日本でも1971年から「大宇宙の魔女」「異次元の女王」「暗黒界の妖精」というタイトルの3冊の短編集にまとめられて出版された。かくいうこのオレも、SF小説を読み始めた中学生の頃、松本零士が担当した表紙と挿絵に惹かれてこの短篇集を手に取った覚えがある。今回《ダーク・ファンタジー・コレクション》の9巻として出版されたこの「シャンブロウ」は、ノースウェスト・スミス・シリーズ全13作を1冊にまとめた短編集である。

ノースウェスト・スミス・シリーズの特徴は、"宇宙の荒くれ者"といわれている男ノースウェスト・スミスが、火星や金星、地球などを舞台に、様々な妖しい事件に巻き込まれるといったものだが、その事件の殆どで妖艶で蠱惑的な"この世のものとは思えない絶世の美女"が現れ、スミスを異次元の世界に引きずり込み、そして血や生命力や人格を奪おうとする、といったモチーフが繰り返し語られる。しかしその中でスミスは、荒っぽく異次元生命を退治するわけでもなく、快刀乱麻で怪異を解決するわけでもなく、どこまでも受身で巻き込まれ型、ひたすら無力で妖しい美女の成すがままになる、といった、いったいどこが"宇宙の荒くれ者"なんだ?と思っちゃうほどの弱弱しさなのだ。

じゃあこのノースウェスト・スミス・シリーズの魅力はどこにあるのかというと、豊かな色彩感覚に溢れ、異世界の幻想的な情景描写に優れたその独特の筆致だろう。その中でスミスは肉体よりもむしろ精神的な危機を体験してゆくのだ。その点ではスペース・オペラというよりスペース・ファンタジーと呼んだほうがいいかもしれない。「火星」シリーズで有名なスペース・オペラのE・R・バロウズに影響され、"剣と魔法"ファンタジーの「英雄コナン」シリーズで知られるロバート・E・ハワードと同時期に怪奇小説誌「ウィアード・テイルズ」で連載していたムーアは、女流作家としてバロウズやハワードのマッチョさとは対極にある世界観で読者を魅了したのだ。そしてその作品は日本でも栗本薫寺沢武一らにも影響を与え、その諸作品には明らかなオマージュが見え隠れしているほどなのである。

それにしてもそういった女流作家の作品という観点からこの物語を見直すといろいろと面白い。"宇宙の荒くれ者"や"絶世の美女"を登場させるのは読者サービスだと取ればそれまでだが、"宇宙の荒くれ者"のはずのスミスは荒くれ者というよりもどちらかというと女性的だし、"絶世の美女"は息を呑むほど美しいが、そのどれもが人外の生命体で、スミスと情交を交わすことは決して無い。そしてスミスが本当に信頼しているのは相棒の(美形の)金星人ヤロールだけ。さらに作者の別シリーズである《処女戦士ジレル》は少女が主人公にも拘らずマッチョな剣と魔法のヒロイック・ファンタジー小説だったりするらしいのだ。こんな部分からあれこれ憶測するとノースウェスト・スミスの物語の別の側面も見えてくるかもしれない。それにしても執筆から70年以上経った物語なのに、その輝きを失うことの無い素晴らしいSF作品であった。