鋼鉄と蒸気の幻想譚〜『ラ・ドゥース』 フランソワ・スクイテン

ラ・ドゥース (ShoPro Books)
蒸気機関車12.004号。コバルト・グリーンの塗装にオレンジ色のライン。砲弾の如き流線型のその車体は重々しくもまた優美であり、SF映画にでも登場しそうな未来的な美しさに満ち溢れている。バンドデシネ『ラ・ドゥース』(機関車の車種「12号」を意味する)は実在したベルギーの蒸気機関車であり、「未来的な蒸気機関車」というアンビバレントな存在であるこの12.004号を中心に物語られる鋼鉄と蒸気の幻想譚だ。
作者は日本でも絶賛で迎え入れられた『闇の国々』のアーチスト、フランソワ・スクイテン。『闇の国々』ではブノワ・ペーターズの原作付きであったが、この『ラ・ドゥース』は作画ともスクイテンのオリジナルであり、『闇の国々』の不条理さは若干押さえられている代わり、夢幻めいたファンタジーが展開している。しかしそのファンタジーは、妖精や魔法が登場するようなものでは決して無く、科学と都市の発展がこの世界とはどこかで別の方向へ枝分かれしたパラレルワールドを舞台にした物語なのだ。
主人公は老年に差し掛かった機関士レオン・ファン・ベル。蒸気機関車12.004号を長年走らせてきた彼だったが、新型ロープウェイの発達により蒸気機関車路線はのきなみ廃線となり、12.004号も彼と共にお払い箱となってしまった。しかしレオンは愛する12.004号を忘れる事が出来ず、謎の聾唖の少女エリアと共に「機関車の墓場」を目指すのだ。旅の途中で出会う奇妙な都市群と彼を襲う幻覚。果たしてレオンは12.004号を探し出す事が出来るのか…という物語。
いうなれば一人の老人の幻想に彩られた物語だということもできる『ラ・ドゥース』だが、女性的な優美さを持つ12.004号を追い求めるその様は、あたかもファム・ファタールとも呼ぶべき女を追い続ける恋に狂った男のようにすら見える。そして彼と共に旅する謎に満ちた少女エリアは、レオンのアニマがこの世に受肉した存在であり、レオンが12.004号へ密かに感じていたエロスを、人間の女性の形で具現化したものなのだろう。だからこそこの物語のラストは、性的合一感とその歓喜を暗示しているのだ。
闇の国々』では息詰まるような不条理世界を描写していたフランソワ・スクイテンだったが、この『ラ・ドゥース』ではもっと伸び伸びと個人的な幻想を謳っているように感じた。

ラ・ドゥース (ShoPro Books)

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