不条理の迷宮〜『闇の国々III』

闇の国々III / ブノワ・ペータース、フランソワ・スクイテン

闇の国々III
我々の知るこの世界とは異なった次元に存在するもう一つの世界、【闇の国々】。そこでは謎めいた異形の巨大建築物が林立し、数々の都市を形成しており、そこに住む人々は都市の磁場が巻き起こす超現実的な事件に翻弄されていた――。この不条理と不可思議に満ちた世界とそこで生きる人々を描くバンドデシネ、連作短編集「闇の国々」の邦訳第3巻である。「闇の国々」はブノワ・ペータースの描くミステリアスでネオ・ゴシックなストーリーとフランソワ・スクイテンの描く重々しく威圧的な建築物がそびえ立つ幻想的なグラフィックとで、バンドデシネの到達点の一つとさえ言える様な完成度の高い作品を創出してきたが、この第3巻でもその昏く輝く魅力は未だ衰えないばかりかさらに妖しさを増すことになる。
収録作品は「ある男の影」と「見えない国境」、そして番外編の絵物語「エコー・デ・シネ」。
「ある男の影」は「自分の影に色がついてしまった男の怪異譚」だ。色、というよりも、自分の影があるはずの部分に、まるで鏡に映ったかのように自分の姿が映し出されてしまうのだ。異常な状況の中男は狂気に駆られ遁走しそして…という実に「闇の国々」らしい仄暗い怪異に満ちた作品だ。「闇の国々」ならではの19世紀ヨーロッパに不可知な建築技術と科学技術が融合したような街並みが並び、やはり19世紀ヨーロッパ的な古めかしい洋服、文化、習俗の中で生きる人々が登場し、その中で幻想的な物語が綴られてゆく。ある意味実に「闇の国々」らしい物語かもしれない。

一方、「見えない国境」は「闇の国々」の物語が持つ不条理さをより一層推し進めたかのような物語だ。どことも知れぬ荒地の果てに存在するドーム型建造物・国立地理院。ここにはありとあらゆる種類の膨大な数の地図が集められ、その地図が指し示す歴史と国家の権勢が研究されていた。物語はここに新米職員が赴任してくるところからはじまる。折しも地理院内部では地図を再現した巨大なジオラマ作りがなされていたが、この地図作りを巡り院内では密かに権力闘争が巻き起こっていた。
幾つかの国土を書き表しただけの筈の地図のデータが、どこまでも果てしなく膨大となり、解析しても解析しても終わりの見えることが無い物と化し、遂にはそれ自体が迷宮化してゆく社会を縦糸に、そこに関わる青年技師が謎の女と出会い、仕舞いには軍部に追われるまでになる事件を横糸にしながら、物語は非現実的で不条理に満ちたイメージを次々と投げかけてゆく。これまでも不可思議な世界を描いてきた『闇の国々』だが、この「見えない国境」はより物語が抽象化されメタフィジカルな作品として仕上がっている。グラフィックの美しさもこれまでで一番かもしれない。シリーズ中で傑作の誉れも高いのも頷ける完成度だ。


番外編である「エコー・デ・シネ」は「闇の国々」で発行されている新聞の体裁をとった絵物語。これまで「闇の国々」1,2巻で登場した様々な事件がちらりちらりと語られているのがファンとしても楽しい。また、イラストはどれも幻想味が強く、語られる不可思議な事件と合わせて、読むものを異次元世界へと誘う。
さて「闇の国々」の作品自体は本国では2009年まで描かれており、この3巻までで収録された作品の数を見ると残りはあと僅かのようだ。日本語版「闇の国々IV」の発売は今年の秋ごろを予定しているという話だから、この膨大かつ重厚な物語世界もあと1,2巻といったところか。それとは別にグラフィック担当のスクイテンによる単独作品集「ラ・ドゥース」も6月の発売を予定されておりこちらも楽しみである。


《参考》
壮大なる謎の都市群〜コミック『闇の国々』
幻想都市のペダンチズム――『闇の国々II』

闇の国々III

闇の国々III

闇の国々 (ShoPro Books)

闇の国々 (ShoPro Books)

闇の国々II (ShoPro Books)

闇の国々II (ShoPro Books)