未来のパリ、過去のパリ/バンドデシネ『パリ再訪』

■パリ再訪/フランソワ・スクイテン、ブノワ・ペータース 

パリ再訪 (ビッグコミックススペシャル)

フランソワ・スクイテン+ブノワ・ペータースによる大著『闇の国々』全4巻の刊行は日本のバンドデシネ出版において画期的な出来事だったのではないかと思う。あのデカい・厚い・重い・(価格が)高い書籍を、しかも全4巻。しかしその内容自体も書籍の重厚さに比例した深遠かつ広大無辺な世界を描ききっていたのだ。

闇の国々』、それはこの世界とは違う異次元の世界において展開される謎に満ちた無窮の建築物の数々とそれに翻弄される人間たちとのドラマである。そして鋼鉄と砂とガラスで構築されたボルヘス的な迷宮世界の只中に読者を幽閉する幻想譚である。精緻に描かれたそれら建築物の威容にただただ圧倒させられる幾何学的なファンタジー、それが『闇の国々』であった。

そのスクイテン+ペータースによる新刊が発売された。タイトルは『パリ再訪』、未来世界を舞台にしたSF物語だ。

2156年。地球と永らく断絶したスペースコロニーで主人公カリンは生まれ育っていた。しかしカリンは老人ばかりの住む閉鎖的なスペースコロニーを忌み嫌っており、数十年ぶりとなる地球探査飛行への参加は彼女にとって渡りに船だった。そしてカリンには地球探査参加のもうひとつの理由があった。それは彼女の出生に関わる土地、彼女の亡き父母の出会った街、パリへの憧れ。こうして地球に降り立ったカリンを待っていたのは、彼女の期待を裏切る変貌しきった世界だったのだ。

この作品でもまず目を奪われるのはスクイテンの描く壮大で異様な数々の建築物であり変容した未来世界の光景である。実際スクイテンは建築デザイナーとしても活躍しており、パリ地下鉄駅や愛知万博ベルギー館のデザインも手掛けるが、その彼のセンスが縦横無尽に生かされた異質な世界が『パリ再訪』では描かれることになる。

そしてペータースが原作を担うその物語は『闇の国々』を髣髴させる迷宮的なミステリアスさに満ちている。主人公カリンはエキセントリックな性格を擁し行動は予測不可能で精神的にも不安定であり、まるで宿命の如く未来の地球と未来のパリに翻弄されてゆく。カリンは憧れた過去のパリ、実際に目にした未来のパリ、この二つに引き裂かれてゆくのだ。

この物語における未来世界のパリは現実視点からは幻想世界であり、同時に、未来世界のパリにおいて現代のパリは幻想世界なのだ。即ち、二重に架空であり幻想であるという事だ。未来にも過去にも自分の居場所が無く、それによりカリンは混乱し自己同一性を保てなくなる。自分の生きる場所、居るべき場所はどこであるべきなのか。こうしてカリンの物語は錯綜してゆく。

未来のパリと過去のパリが重なり合うこの物語には、古い歴史を持ちその歴史に培われた美しさを兼ね備えたパリが、未来に向けて変化し変貌してゆかなければならないことへのジレンマが存在するのだろう。それは自らのルーツを過去のパリに持ちそれに憧れ続けてきたカリンが、結局は今自分がいる未来の世界に生きる意味を見出すという物語に通じている。「希望は過去にしかない」と言ったのは19世紀フランスの小説家バルザックだが、しかし「過去にしかない希望」を手放すことで得たのがカリンにとっての未来だったのだ。

パリ再訪 (ビッグコミックススペシャル)

パリ再訪 (ビッグコミックススペシャル)

 
■フランソワ・スクイテン、ブノワ・ペータース作品とそのレヴュー一覧 

◎『闇の国々

闇の国々 (ShoPro Books)

闇の国々 (ShoPro Books)

 

◎『闇の国々II』

闇の国々II (ShoPro Books)

闇の国々II (ShoPro Books)

 

◎『闇の国々III』

闇の国々III

闇の国々III

 

◎『闇の国々IV』 

闇の国々IV

闇の国々IV

 

◎『ラ・ドゥース』 

ラ・ドゥース (ShoPro Books)

ラ・ドゥース (ShoPro Books)