映画『Spyder』は『ダークナイト』へのテルグ映画界からの返答か?

■Spyder (監督:A.R.ムルガードース 2017年インド映画)

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「インド映画上映会レポート」、最後になるのはテルグ語映画『Spyder』。 監督は『Ghajini』(2008)『Holiday: A Soldier Is Never Off Duty』(2014)『Akira』(2016)のA.R.ムルガードース。……というかそれ以外の人、全く知りません。南インド映画殆ど知らないんです。そもそもA.R.ムルガードース監督自身タミル出身で、フィルモグラフィの多くはタミル・テルグ語映画を手掛けており、3作あるヒンディー語作品にしても自身の作品も含むタミル語映画のリメイク作だったりするんですね。

さて映画『Spyder』、「蜘蛛の話なのか?スパイダーマン的な何かなのか?主人公がヒーローに変身してあれやこれやする痛快特撮インド映画なのか?」と最初勝手に思ってたんですが、よく見りゃタイトル『Spider』じゃなくて『Spyder』なんですね、こりゃ迂闊でした。じゃあ蜘蛛じゃなくてなんだ、というとそれは「スパイだー!」ということらしいんですね!(←特に何も考えていない発言)

物語の主人公の名はシヴァ(マヘーシュ・バーブ)、秘密情報局に勤める彼は昼夜電話通信を監視し、その中で危機的状況にある者を見つけ出して極秘に手を差し伸べていたんですね。しかしそんな中、折角助けたはずの女の子が殺されていることを知ってしまう。シヴァは捜査の中で、「肉親が死んだことを悲しむ者を見るのが快楽」という異常者、バイラヴドゥ(S・J・スーリヤ)の存在を発見するんです。おぞましい犯行を繰り返すバイラヴドゥを追うシヴァでしたが、神出鬼没のバイラヴドゥはなかなか捕まりせん。そしてバイラヴドゥはさらに強大な破壊工作へと乗り出すのです。

主人公シヴァがどんな具合に「スパイだー!」なのかというと、要するに犯罪防止の為に市民生活をスパイしていたということなんですね。いわゆるNSAアメリカ国家安全保障局)の通信傍受システム・エシュロンみたいなことを一人でやってるわけです。言ってみりゃあ非合法の盗聴活動ということになってしまいますが、シヴァはあくまで市民生活を守るために「神の見えざる手」として働いているということになってるんですね。

とはいえ、お気に入りの女の子を見つけたシヴァが情報解析して彼女の行動を逐一追跡しそれを利用して口説きに入るとかって相当公私混同してませんか!?公私混同以前にやってることストーカーだし!?インド映画の口説き手法がストーカーしまくって相手に根負けさせるとかもうそろそろ止めましょうよ!?まあ、テクノロジーは諸刃の剣、使い方によって善にも悪にもなると言っているのでしょうか(違)。

物語はこのシヴァとサイコパス犯罪者バイラヴドゥとのコンピューター・インターフェース上での大追跡劇、さらには拳と拳のぶつかり合う大活劇へと発展してゆきます。登場するGUIは実にSFチックで、どんなプログラム走ってるんだか分かんないけど高度な情報戦が展開されるハイテク・スリラーとしての面白さも兼ね備えているという訳なんですよ。全体的に荒っぽい脚本ながら次から次へと煽情的なスペクタクルを繰り出し、そこに生々しいバイオレンスを炸裂させる手腕は流石『Ghajini』『Holiday』のA.R.ムルガドース監督作品だと思わされました。

ところでこの作品、ハリウッド映画『ダークナイト』ないしはノーラン版バットマンのモチーフが散見するように思えたんですよ。何の利益にもならないのに人の不幸を嘲笑うためだけに残忍な犯行を繰り返す狂人バイラヴドゥは当然ジョーカーでしょう。彼はジョーカーと同じく、同情の余地の全くない「絶対悪」として登場するんですよ。彼が人々を焚きつけてその悪意を引き出そうとするシーンなどは、『ダークナイト』の「爆薬フェリー」のエピソードに対比しているんじゃないでしょうか。

監視機構vs犯罪者の戦いといった構図は『ダークナイト』でゴッサム・シティ監視装置を使ってジョーカーを炙り出そうとするバットマンを思わせます。また、クライマックスのシーンもバットマンジョーカーが対峙するあるシーンと似ているように見えた。後半の大破壊行為は『ダークナイト・ライジング』のベインもちょっと混じってるかな。それと、頭陀袋に目と口の穴を開けたマスクが登場しますが、これは『バットマン・ビギンズ』のスケアクロウがモチーフで間違いないでしょう。

それに対してシヴァはバットマンということになりますが、「市民生活の非合法的な盗聴・監視」というグレイゾーンの職務を遂行する彼にはダークヒーローの匂いがします。ちょっとこじつけです。シヴァは『ダークナイト』におけるバットマンのように善悪の彼岸で葛藤したりしないし悪党でも迷わず殺しますが、「正義」それ自体に強烈な憤怒を帯びているようにも見えます。バットマンジョーカーが実はコインの裏表の存在同士だったように、シヴァとバイラヴドゥもやはりコインの裏表の存在だったんじゃないでしょうか。


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