映画『フランケンシュタイン』:古典回帰主義から逸脱できない凡庸なゴシックホラー

フランケンシュタインNetflix映画)(監督:ギレルモ・デル・トロ 2025年アメリカ映画)

パンズ・ラビリンス』 『パシフィック・リム』などで知られるギレルモ・デル・トロが、19世紀イギリス作家メアリー・シェリーによって創出されたゴシックホラー小説『フランケンシュタイン』を映画化したのが本作となる。主演はオスカー・アイザック、共演にミア・ゴス、クリストフ・ワルツNetflixによる配信版で視聴した。

フランケンシュタイン』はこれまで何度も映画化されており、”怪物”が主役であったり怪奇な色付けをする脇役であったりと様々だが、基本的には「科学によって生み出された悲劇的ないし喜劇的な怪物」といったイメージだと思う。一方、以前シェリーによる原作を読んだときは、これはアイデンティティとアンビバレンツがテーマになった作品だと感じた。

そうした背景において、デル・トロが創出した『フランケンシュタイン』は、例えばフランシス・F・コッポラの『ドラキュラ』(1992)や、ロバート・エガースの『ノスフェラトゥ』(2024)のような、原作の精神への原点回帰を目指した作品と位置づけることができる。ただし、原作の忠実な映像化という点では、既にケネス・ブラナー版『フランケンシュタイン』(1994)が存在している。したがって、デル・トロがあえてこの古典に挑むにあたり、そこに何を加え、何を深化させたかったのかが最大の注目点となる。

デル・トロ版『フランケンシュタイン』において、最も際立つのはその強烈な映像美に他ならない。主人公の少年時代が描かれる邸宅は、ルキノ・ヴィスコンティを思わせる豪奢極まる貴族の栄華を映し出す。彼が成人し、古城で禁断の実験に手を染めてからは、暗黒のゴシック趣味が過剰なまでに妖しく花開く。死体標本や解剖実験のグロテスクさは、グランギニョルの劇場的な様式美に溢れ、ミア・ゴス演じるエリザベスの衣装もまた、華麗で凝りに凝ったデザインを見せつける。さらに、「怪物」そのもののデザインも、どこか未来的なサイボーグのような特異性を放っている。このように、デル・トロ版はまず、その退廃的かつ淫靡極まる視覚的な美しさで観客を圧倒する。

しかし、そのテーマ性に目を凝らすと、評価は一転する。物語は、フランケンシュタイン父子の不幸な確執を、博士と「怪物」との二重の不幸な確執として描写している。しかし、この親子関係の描写が、物語全体にどれだけの劇的な効果をもたらしているのかは判別し難い。同様に、『フランケンシュタイン』映画の常套的なテーマである不寛容や無理解も描かれるが、これもまた、作品の感動を深めるまでには至っていない。なぜなら、劇中のフランケンシュタイン博士はあまりにも傲慢で自己中心的な人物として描かれているため、彼の不幸が人間の普遍的な悲劇というよりも、彼個人の特異な問題に終始しているように感じられるからだ。

結局、本作は原作が本来持つアイデンティティとアンビバレンスという深遠なテーマには手が届いていない。また、デル・トロ独自の新たなテーマ性も確立できていないために、古典主義の域を出ない古臭い内容の作品として完結してしまっている。ミア・ゴスの出演は喜ばしいが、彼女と「怪物」との関係性の描写にも説得力に欠ける。結論として、手の込んだ映像は確かに見どころ満載であり、決して退屈はしないものの、これはデル・トロの個人的な趣味性の範疇から逸脱しない、自己完結的な作品であると感じた。


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