■Billu (監督:プリヤダルシャン 2009年インド映画)
インドの田舎町でしがない床屋を営む男ビッルーが、子供時代に彼の親友であり、今はインドを代表する大スターとなった男の来訪により、町中挙げての大騒ぎに巻き込まれる、という物語です。ビッルーを『めぐり逢わせのお弁当』で渋い演技を見せてくれたイルファーン・カーン、そして彼の親友だった大スター・サーヒル・カーンをシャー・ルク・カーンが演じています。
それにしてもびっくりしました。映画が始まり、長閑な田舎町が描かれた後に、煌めくようなSFチックなセットの中で踊りまくるSRKとディーピカー・パードゥコーンのシーンが突然挿入されるもんですから!SRKが出演しているのは知っていましたが、まさかディーピカー様が登場するとは思ってなかったんですよ。しかもそれだけじゃないんです。ディーピカー様の後には、カリーナ・カプール、プリヤンカー・チョープラーまでが登場する踊りのシーンが挟まれ、この豪華さに頭がクラクラしそうになりました。実のところこの人気女優3方は、あくまで踊りのシーンだけの客演ということで物語には関わりはしないんですが、この顔合わせを見るだけでも儲けものの作品であることは確かですね。
さて実際はこの物語、主演はSRKではなく床屋店主のビッルーなんです。どうにもボロなビッルーの店は客の入りが悪く、奥さんと二人の子供を抱えながら生活もままならない毎日でした。そんなある日、インドの国民的大スター、サーヒル・カーンが映画撮影の為この町に滞在することになり町は大騒ぎになります。そして町中である噂が流れます。「ビッルーは大スターのかつての友人だったって!?」この噂で人々はビッルーに取り入るようになり、ビッルーを通して大スター・サーヒルに会おうと画策します。急き立てられ、サーヒルに面会しようとするビッルーですが、厳重な警備は彼を阻むのです。
この物語でまず面白いのは、「大スタ−・サーヒル・カーン」が、実は彼を演じるSRKそのものとして描かれている、といった部分です。物語内ではサーヒル・カーン主演作品の華々しい1シーンが次々と紹介されますが、これ、どう見てもSRKの主演作を思い起こさせるものばかりで、そこで紹介される映画ポスターも、やはりSRK主演作のパロディみたいなものばかりなんですよね。この辺SRKファンならニヤニヤが止まらないでしょうし、ましてやインドでは大受けだったことでしょう。
映画ではこのサーヒル・カーンに一目会いたい人たちのドタバタが滑稽に描かれてゆきます。ロケ現場は見物客たちでいつも大パニック、スターとそれを取り巻く熱狂的なファンの構図はどこの国でも同じようです。人々は今まで小馬鹿にしていたビッルーに掌返しでおもねり、サーヒルに会って自分を紹介しろ!とねじ込みます。しかしそんな羨望はいつしか嫉妬に変わり、その嫉妬が今度はビッルーへの攻撃に変わってしまいます。町の人々のこの態度は浅ましさを感じさせるほどで、コメディタッチで描かれてはいるものの、翻弄されるビッルーがどうにも不憫に思えてしまいました。
しかし渦中の人であるビッルーは寡黙を貫き、騒ぎに抗うでも乗じるでもなく、どこか上の空で周りの思惑のなすがままに行動します。きっとそれは、かつて友情を育んだものの、今は貧しい生活に甘んじている自分と、天上人のようになってしまったサーヒルとの、この現在における関係を図りかね、戸惑っていたからなのでしょう。こんなビッルーの繊細な感情を、イルファーン・カーンは非常にきめ細やかな演技で演じます。このイルファーン・カーンのリアルな存在感と、オーラに包まれたSRKとの対比、貧しい生活の人々が熱狂する煌びやかな映画の世界との対比に、自分などはどこかアイロニカルなものを感じてしまいました。それはインドの極端な貧富の差、夢と現実との拮抗です。しかし映画のクライマックスはこれらを、【友情】という言葉でもって易々と乗り越えて見せるのです。シナリオ的には「もしも自分の友人が大スターだったら…」といった妄想を膨らませた程度のものなのですが、SRKの嫌味を感じさせない善人ぶりが物語を爽やかなものにしていました。