彼女はエキセントリック〜映画『Hasee Toh Phasee』

■Hasee Toh Phasee (監督:ヴィニル・マシュー 2014年インド映画)


エキセントリック過ぎる女性に出遭ってしっちゃかめっちゃかにされた青年が、いつしかそんな彼女を気遣い心を寄せてゆく、というラブ・コメディです。でもそんな彼女は決して単なる変わり者なのではなく、心に重いものを抱えていたんですね。

主人公の名はニキル(シッダールタ・マルホートラ)。彼は資産家の娘で女優のカリシュマー(アダー・シャルマー)との結婚を控えていましたが、その彼女にムンバイからやってくる妹の世話をしてほしい、と頼まれます。しかしその娘ミーター(パリニーティ・チョープラー)は、仕草も言動も実に奇矯な変わり者で、取り付く島もありません。実はこのミーター、工学系の才女で中国に留学し研究所まで持っていましたが、家族とそりが合わず、さらに何らかの理由で精神的な疾患を抱えていたんです。そんな彼女を世話するうちに、いつしかニキルは彼女に惹かれていく自分に気付き始めるのです。

ヒロインのミーターは最初とても奇妙な女の子として登場します。早口でつっけんどんで落ち着きがなく、いつも昂奮しているかのように目を見開き下唇を噛み貧乏ゆすりを繰り返します。あー不思議ちゃんのお話なのかーそうだとしたら苦手だなあ、なんて思って観ていたんですが、話が進むうちにどうやらそういうことではないらしいことが分かってきます。実は彼女は、ある種のトラウマから精神疾患を抱えることになってしまった女性だったのです。奇妙な女の子として登場した彼女ですが時折普通に落ち着いていることがある。しかし何らかのストレスにさらされると経口薬を飲み、その後昂奮状態を見せる。つまり昂奮状態は抗精神病薬の副作用ということだったんですね。

こんな具合に、「ちょっと変わった女の子とのラブ・ストーリー」と最初思わせながら、実はその女の子が精神的な問題を抱えていると分かった段階で、物語は奇妙な哀切を帯びたものへと変わっていきます。物語では特定できるような疾患としては描かれませんが、それは疾患そのものをテーマにしているからではなく、心の傷を抱えることになった原因と、それがどう癒されてゆくかを描くのがこの物語のテーマだからなのでしょう。その心の傷とは、高い知性と理想を持ちながら、女にそんなものは必要ないと頭から否定した家族との諍いであり断絶です。ただしそのような状況を描きながら、この物語は決して暗くやるせないものではありません。それはそんな状況になんとしても抗おうとする負けん気とユーモアが彼女にはあったからです。そして負けん気とユーモアがありながらも時として心が折れてしまう、そんな彼女がたまらなくいじらしく描かれるんです。

そんな心折れた彼女を支えることになるのが主人公のニキルです。彼は最初ミーターの様子に面くらいながらも、とりあえず彼女の世話を焼いてしまいます。それは婚約者からの断ることのできない頼みであったことと、彼しか世話をしてあげられる人間がいなかったから仕方なく、という面もあったのでしょう。しかしそれよりも、ニキル自身が、その心根に善良なものを持った青年だったのでしょう。そして家族から疎外された彼女の事情を知るにつれ、なおさらミーターの力になってあげなければならないと思ったでしょう。ミーターをどうにかしてあげられるのは自分しかいない、こう思った時、既にニキルはミーターを愛し始めていたに違いありません。何故なら、往々にして、「この女性の力になってあげられるのは自分だけだ」と思った時、男はその女性に恋をしてしまうものだからです。相手の女性が辛いときは力になり、その女性が楽しくしているときは傍にいていっしょに笑っていたい。それは、愛であり、慈しむ、ということです。

しかしニキルには結婚を誓った女性カリシュマーがいたはずです。ではニキルのミーターへの気持ちは単なる移り気、そしてカリシュマーへの裏切りになってしまうのでしょうか。実はニキルの婚約にはどこか打算的なものがありました。潤沢な資産を持つ実業家の義父。女優業を営み誰にでも自慢できる美人の婚約者。そんな義父や婚約者に気に入られる為に、冒頭ニキルは、これまでたいした成果も挙げたことが無いのに自分は大きな仕事のできる男だと偽り、それを証明しなければならない、という窮地に立たされていました。結局、この婚約はニキルにとって分不相応のものであり、もし結婚に漕ぎ着けたとしても終生虚勢を張り続けなければならなかったでしょう。いわば本当の愛に目覚めたニキルは、それによりミーターに救われた、ということもできるのです。そしてニキルのミーターへの愛は、それが無私だったからこそ、より大きな愛となってミーターへと還ってきたのです。

http://www.youtube.com/watch?v=Xv5MG0LhaP4:movie:W620