■アズールとアスマール (監督:ミッシェル・オスロ 2006年フランス映画)
■美しい。あまりにも美しい。
幼い頃、アラビア人の乳母から聞いた子守歌を頼りに、ジンの妖精を探すため、遠く海を渡ったアズール。しかし、やっとたどりついた憧れの地は、“青い瞳は呪われている”とされる国だった!文化も人種も異なるその異国で、盲人のふりをして旅を続けるアズール。それは、瞳の色を隠すためだけでなく、受け入れられない異文化に対し、自ら心を閉ざした証でもあった。やがて、大好きな乳母ジェナヌと、兄弟のように育った乳母の子アスマールに再会。今や裕福な生活を送るアスマールと“呪われた青い瞳”を持つアズールは、対立し合いながら、それぞれジンの妖精を探しに旅立つ―。
素晴らしい。どのシーンも神々しいまでに美しい。場面が移り変わるたびに現れる情景の美しさに思わず目を奪われる。イスラム様式の建物、そしてその内装を無限に覆う幾何学的なアラベスク模様の精緻な美観。画面の構成もシンメトリーを多用した非常に様式性の高いもので、どの場面もあたかも絵画のように壮麗だ。いや、絵画というよりも最良の絵本を見せられているようだ。そしてその物語は力強く気高く、輝くような啓示に満ちている。
■二人の少年
ヨーロッパのある国で、アラブ人の乳母により育てられた白人少年アズールと乳母の息子であるアラブ人少年アズマール。二人は背格好のよく似た男の子で、肌の色の違いさえなければまるで双子のようだ。成長したアズールは乳母であったアズマールの母からかつて聞かされた妖精の伝説を確かめるために海を渡りアラブの地(北アフリカ・モロッコ近辺か?)へと渡る。しかしそこでアズールは白人であることで忌避され、アズールもまたアラブの文化を異様なものとして拒否し、盲のふりをして旅をすることになるのだ。自分たちとは違う者を忌避するアラブ人たちと自分の理解できない文化を拒絶する白人のアズール。
アズールとアズマールはこの地で再びまみえるが、アズマールは気持ちの合い通じた子供の頃の気安さをすっかり忘れ、かつてヨーロッパで白人から差別を受けたとしてアズールを拒絶する。この物語ではそういった"対立"と"分断"から、冒険を通して次第に歩み寄ってゆく二人を描くが、それは想像がつくように「東西の融和」というテーマを二人の中に具現化しようとしたからに他ならない。
肌の色が違う以外はあたかも鏡像のように似通った二人はお互いの勇気と気高さから再びお互いを敬いあう。肌の色が違う以外は同じ人間同士なのだから、お互いを、そしてお互いの文化を尊重することができればそこに融和が生まれるはずではないかというのがこの映画のテーマとなる。言ってしまえばそれは美しき理想主義であり、一つ間違えば綺麗事を並べた空疎な物語となってしまうが、そのテーマを絢爛たる美術と心躍るファンタジーの衣にくるむことにより、イデオロギッシュな臭みが実にマイルドに中和されているのだ。そしてそれを可能にしたのが、アニメーションという表現手法だったのだ。
■それは異国の言葉
この作品の最もユニークな部分は、アラブ人たちの話す台詞に一切字幕が出ないことだろう。そもそものオリジナル作品自体がそういった仕様になっているらしく、日本語吹き替え版でも白人たちの喋る言葉のみ日本語に吹き替えられており、アラビア語はそのままにされている(彼らが白人の言葉を喋る時は吹き替えられている)。当然、観ている者はアラビア語を理解していない限り彼らが何を喋っているのかはわからない。そして"相手の国の言葉が理解できない、何を話しているのかよくわからない"というこの作品独特のシチュエーションは、観る者に「自分が今異国の文化を持つものと相対している」という圧倒的な感覚を植えつける。
そしてこれは、「異文化同士の対峙」というこの作品のコンセプトを見事に体現した方法論であると思う。実の所、彼らの言葉はわからないが、画面を見ているならば何を話してるのかはなんとなく分かってくる。最初から分かっている、もしくは、分かるようになっているのが当たり前である、ではなく、分かろうと踏み込むからこそ分かってくる。それは「理解しよう、理解したい」という歩み寄りのありかたの一つだ。
アニメは人物を3DCGで、背景を止め絵で描いている。ポリゴン描写の人物は切り絵のような実にあっさりした造型で、スチール写真だけで見るとシンプル過ぎて魅力を感じないのだが、これが異様に描き込まれた背景画の中で動き回るととたんにその存在感を増す。「東西の融和」というテーマはあるけれども後半の妖精の地を目指す冒険とアクションは、ファンタジー物語の定番ともいえる魔法アイテムを駆使しながら展開し、おとぎ話の楽しさを童心に還って堪能できる。そしてこそばゆくなるほど幸福に満ちたラストは、観るものの頬を自然に緩めることだろう。映画『アズールとアスマール』は、今観ることの出来る最高のアニメーションの一本と言ってもいいかもしれない。