■ディリリとパリの時間旅行 (監督:ミッシェル・オスロ 2018年フランス・ドイツ・ベルギー映画)
アニメ作品『ディリリとパリの時間旅行』は19世紀末のパリを舞台にした少年少女の冒険譚である。ちなみに日本版タイトルには「時間旅行」とあるが、これは「19世紀末パリに時間旅行したかのような物語」程度の意味で、物語内で時間旅行する訳ではない。
監督は「フランスアニメーション界の巨匠」と呼ばれるミッシェル・オスロ。オレはこの監督のアニメ作品がとても好きで、多分だいたい全部観てるんじゃないかな。オスロ監督作品の特徴は寓話的な物語と優れた色彩・フォルムを兼ね備えたアニメ映像の美しさだ。それはアート的といってもいい。オスロ監督作品に登場するキャラクターにはフラットな色使いが成され、あるいは影絵のように塗りつぶされ、逆に背景画は素晴らしい映像美を誇る、といった形になっている。
そんなオスロ監督の映像美は今回さらに深化している。キャラクターは3D造形だが顔は横から光が当たった程度の最低限のモデリングで、服はフラットで光も影も付けていない。この辺りはこれまでのオスロ監督に見られる様式美を踏襲するが、今作の新機軸はその背景にある。背景の殆ど全てに実際のパリの街並みを写真で撮った映像が使われているのだ。簡単で安易に思われるかもしれないが、これらの写真はパリの朝方に撮られたものばかりらしく、その光線の在り方のせいか奇妙な陰影を漂わせているのだ。それに3Dキャラクターを合成した映像はシュルレアリズム作品におけるコラージュ作品の如き非現実感と美しさとを表出させている。ロケーションはパリ全域におよび、映画を観る事で19世紀パリ観光を楽しむことができるだろう。
物語の在り方も独特だ。まず特筆すべきは「ベル・エポック」と呼ばれた当時のパリに関わりのあったあるとあらゆる文化人、画家や作家や音楽家を始めとする有名人が大挙して登場する事だ。その数は100人を優に数え、ピカソ、モネ、マティス、ドビュッシー、サティ、オスカー・ワイルド、マルセル・プルースト、パスツール、マリ・キュリー、リュミエール兄弟、ローザ・ルクセンブルグ、と書き出していくときりがない。彼らは物語に直接関わることはないにせよ、当時のパリがいかに文化と芸術の街であったかを高らかに誇示するのだ。全ての登場人物を把握することは出来ないかもしれないが、後でパンフレットを読み「あの人が!この人が!」と驚愕するのもまた楽しみだろう。
物語それ自体はニューカレドニアから来た黒人ハーフの少女ディリリがパリで知り合った好青年オレルと共に街を震撼させる「少女連続誘拐事件」の謎を追う、というもの。これら少年少女冒険譚は低年齢層の視聴に合わせたシナリオで成り立つが、作品に横溢するテーマは現代的な社会性を持ちそれは大人が観ても十分な問題提起を示唆するものであることが出来るだろう。そのテーマの中心はパリの国旗よろしく自由・平等・博愛を謳ったものであり、それは物語で描かれる人種差別や男尊女卑を通して浮き上がってくるものなのだ。
まずディリリは「人間博物館」なる場所で「原始的な生活を営む黒人」を演じる少女として登場する。今考えるなら非常に侮蔑的な見世物でしかないが、実際のディリリが知的で文化的な少女であることがすぐに描かれることになる。ここで人種差別をさらりと否定するのだ。その後ディリリとオレルが追う誘拐団の名は「男性支配団」。その名の通り女性の権利を否定し男性優位をとことん主張する悪逆どもだ。まあ分かり易過ぎてあまりといえばあまりなネーミングだが、このぐらいマヌケなネーミングのほうが団員たちの愚劣さを彷彿させて正しいのかもしれない。しかし、誘拐した女性たちを家畜の如く調教し使役する彼らの姿はマヌケなネーミングどころではないおぞましさを醸し出す。
他にも一見豊かなパリの裏町に住む住民たちの貧しさを描くことにより格差社会を浮かび上がらせるなど、明示される社会問題の在り方からは画像の美麗さやパリの高い文化を誇示するだけの作品にはなっていない。これら「政治的に正しい」描写の数々は最初こそ一瞬シラケさせられたことは確かなのだが、これは別に昨今のいわゆる「PC」に則ったものであるというよりは、実の所「文化と芸術の街パリ」を擁する当時のフランスにあってさえ確固として存在した人種差別や男尊女卑、社会的格差を描いたものであるにすぎないことに気付かされるのだ。
しかし物語は、それら困難な問題を根底に据えながら、あくまでもファンタジーとして明るく美しい夢を描くことに尽力する。それは、夢は望むことによって叶えられるのだ、ということでもあるのだ。オスロ監督がこの作品を書き上げた後にナイジェリアのボコ・ハラムによる女子高生集団拉致事件が起き、フランスでもテロが続出し、さらに大規模な反政府デモも起こっている。これら暗い現実の問題はもちろんアニメのファンタジーで解決できるものである筈はない。しかしアニメのファンタジーは、いつかその暗い現実を乗り越え、明るい未来があるはずだと夢想させることはできるのだ。だからこそ、確固として夢を観続けよう、理想を心に持とう、というのがこの作品のメッセージであるような気がしてならない。
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