ランズデールの多彩でパワフルな作風を楽しめる『ババ・ホ・テップ』はとっても素晴らしい短編集だからあんたは読みなさい!

■ババ・ホ・テップ (現代短篇の名手たち4) / ジョー・R・ランズデール

現代短篇の名手たち4 ババ・ホ・テップ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

現代短篇の名手たち4 ババ・ホ・テップ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

落ちこぼれ白人ハッブとゲイ黒人レナードが下ネタを連発しながら悪い奴らを叩きのめす《ハップとレナード》シリーズで人気を誇るジョー・R・ランズデールの日本独自編集短篇集。なにしろオレはこの《ハップとレナード》シリーズが大好きで、その絶妙な下ネタ遣いの鮮やかさに読んでていつも睾丸がきゅうううとなるほどである。今作はその《ハップとレナード》シリーズ短篇2話を含むものだが、このシリーズのみならずランズデールがいかに多彩で巧みなストーリーテラーであるかを思い知らせる非常に優れた作品の詰まった短編集になっている。幾つかの短篇を紹介したい。

■「ステッピン・アウト、一九六八年の夏」

なにしろこの短篇が笑っちゃうほど凄かった。ドーテー君3人が女を買いに行く話なんだけど、そこで描かれるのはバカ、イナカ、ビンボーの香ばしい三題噺に暴力の血生臭い調味料をたっぷりぶっ掛けた「メッチャ悲惨な話」。それこそ坂道を転げ落ちるようにどんどんドツボにはまって行くヒデエ物語なんだが、可哀想なんだけどやっぱり笑ってしまう。よくもまあこんな話を考え付くなあ、と思ったら作者があちこちで聞いた話を元にして書いたものらしい。下手に頭で作るよりも訳の分からない現実の方が強烈ってことなんだろう。

■「草刈り機を持つ男」

ある日隣の庭の芝刈りを請け負ったと言う盲人が家を訪ねてくるのだが、快く応対していたつもりがどんどん裏目に出て嫌な方向へ嫌な方向へと話が進んでしまう…という、読んでいるこっちまでどんよりと不快な気分がつのっていくイヤッたらしい物語。自分の立場をかさに着て話を次々にねじ曲げていく盲人のタチの悪さが凄い。主人公も途中から何かおかしいと思い攻勢に出るが時既に遅し、蜘蛛の巣にかかった蝿みたいにどんどん悪夢のような状況にからめ取られてゆく。いやあこれもヒデエ話だなあ。

■「審判の日」

これも凄かった。1900年、アメリカ・テキサスの大都市を完膚無きまでに叩き潰した未曾有のハリケーン襲来があった。この史実を背景に、嵐の中因縁の対決をすることになった二人のボクサーを描く短篇。しかし短篇とは思えないほど異様に濃縮された物語だ。人種差別がまだ当然だった時代、黒人チャンピオンの存在を面白く思わない興業主に「ヤツをリングで殺せ」と命令されやってきた白人ボクサー、この男の肉食獣の如き凶暴さと冷酷さがひたすら芳しい。そのしたたる汗と体臭の獣じみた饐えた臭いが活字から漂ってきそうだ。そして試合と合わせたかのように上陸したハリケーンが街の全てを蹂躙し阿鼻叫喚の地獄がそこに口を開ける。まるで神話を読まされているような男汁炸裂の壮絶な物語。

■「ババ・ホ・テップ(プレスリーVSミイラ男)」

これがまた素晴らしい。のっけから魂にジンジン来る言葉がイカしたロック・ミュージックのようにギュインギュイン連発されてゆくのだ。

エルヴィスは夢のなかで自分のペニスを取り出し、亀頭の腫れ物にまた膿がたまってないか確かめていた。もしたまっていたら別れた妻にちなんでその腫れ物にプリシラという名前をつけ、マスターベーションでそれを吹っ飛ばすつもりだった。そう思うこと自体が好きだった。夢というのはそんなふうに思わせてくれるものだ。ほんとうのところは、もう何年も勃起していない。 (P429)

とどのつまり、ほんとうのところ人生には、飯を食うこととクソをすることとセックスをすること以外に何かあるだろうか? (P432)

これよ。これですよ。老人ホームで死を待つばかりのエルヴィス・プレスリー(自称)とジョン・F・ケネディ(自称)が魂を食らうミイラ男と戦うというその粗筋からは、単に荒唐無稽なバカ話にしか思えないかもしれない。しかしその文章からは人生の哀歓と虚無、そして尊厳ある生、尊厳ある死とは何かを読み取ることが出来るんだ。ランズデールはどこまでも下品で俗な表現を連発しながら、その中に気高い聖性を表出させる。これがランズデール小説の醍醐味なんだよな。『プレスリーVSミイラ男』というタイトルで映画化もされており、この映画化作品も傑作だ(拙レビューはこちらでドウゾ

非常に濃厚な作風の4作を紹介したけど、他にも軽妙洒脱な軽く読める作品も収められておりバランスもいい。取り合えず最近読んだ数少ない本の中でもピカイチの出来じゃないかな。これは是非お薦めしたい短編集です。

プレスリーVSミイラ男 [DVD]

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