死人街道 / ジョー・R・ランズデール (著)、牧原勝志(編集)、植草 昌実 (訳)
神を疑い、呪い、畏れながらも、神の命ずるまま、邪悪なるものを滅ぼすために荒野を旅する無頼の牧師、ジェビダイア・メーサー。彼の行く手を阻むものはその最期に、聖句ではなくコルト・ネイヴィの銃声を聞く。 町に群をなす生ける死者と戦う中編「死屍の町」、魔道書に召喚された怪物を相手取る「凶兆の空」など、五つの冒険を収録した「魔界西部劇(ウィアード・ウエスト)」の傑作、ここに登場!
ジョー・R・ランズデールと言えば名作クライムノベル『ハップとレナード』シリーズでオレを大いに魅了した作家だ。オレは作家になりたいなどと大それたことを思った事はないが、しかしもし作家になるのだったら『ハップとレナード』シリーズのような作品を書きたい、などと妄想したものである。またこのシリーズはアマゾンプライムビデオで『ハップとレナード ~危険な二人~』というタイトルでドラマ化されているので、興味の湧いた方は視聴なさってみるといい。
しかしそんなランズデールの著作は暫く翻訳が途絶え、ファンとして寂しい思いをしていた。ところがつい最近、ランズデールのホラー作品が訳出される!というニュースが飛び込み小躍りして発刊を待っていた。タイトルは『死人街道』、なにやら「西部劇ホラー」という触れ込みだ。実はランズデール、『ハップとレナード』シリーズのようなクライムノベル以外にも『モンスター・ドライブイン』というホラー小説を書いており、実は得意とするジャンルの一つなのだ(ちなみにこの『モンスター・ドライブイン』もシリーズ化されているらしいが翻訳がなく、さっさと訳出してほしい!)。
というわけで『死人街道』である。2010年に刊行された中短編集『Deadman’s Road』の全訳になる本作は、アメリカ西部開拓時代を舞台に、漂泊のガンマン牧師(!)ジェビダイア・メーサーが、西部の町々にはびこる邪悪な存在を退治してゆく、という物語になっている。本書には200ページ近くある表題作の他、4つの短編が収録、「西部劇+ホラー」という内容は、徹底的にパルプ小説を意識した強力なB級ホラー作品となっている。
ざっくり内容を紹介しよう。『死屍の町』では先住民族の呪いにより町にゾンビの大群が襲い掛かる。『死人街道』では死霊の跋扈する森を主人公が走破する。『亡霊ホテル』では悪霊の力により滅亡した町のホテルに主人公が籠城する。『凶兆の空』では森の小さな家に現われる化け物と主人公が対峙する。『人喰い坑道』では鉱山に溢れ出た悪鬼の群れとの戦いが描かれる。いずれも人外の者共に人間たちが次々と屠られ、死と血と臓物と腐臭に塗れ、じめつく様な暗さと恐怖に塗り込められたおぞましい物語ばかりである。
これら面妖な物語の主人公であるジェビダイア・メーサーは、片手に聖書、片手に銃を持つガンマン牧師だ。牧師でありながら神への不信に満ち、魍魎たちを野放しにする神に代わって彼が制裁の銃弾を撃ち込むのだ。けれども彼は正義の代弁者では決してなく、汚れ切った過去と陰鬱な現在に囚われながら、悪霊退治により己の贖罪を果たそうとする迷える魂なのだ。この虚無的な主人公と暗黒から立ち現れる化け物たち、そして西部の野卑な住人たちとが織りなす絶望についての物語がこの『死人街道』なのである。
これらの物語構成はある意味ランズデール小説の基本でもある。例えば『ハップとレナード』シリーズではシニシズムに満ちたはみだし者の主人公が中心となり、アメリカ西部の無知と貧困に塗れた田舎町を舞台に、救いようのない黒々とした事件が巻き起こるというものだ。『ハップとレナード』シリーズでは主人公二人の軽妙な会話と軽いフットワークがコミカルなリズムを生んでいたが、それを取り去ってしまうと長編『ボトムズ』のごとき鬱々とした「西部幻想恐怖譚」と化してしまうのだ。
『死人街道』ではそれをパルプ小説風味に落とし込み、B級ホラー娯楽作として仕上げているが、その根底にあるのは悪霊に名を借りたアメリカの野蛮であり不毛である。こうしてランズデールはアメリカの荒野に暗く輝く熾火の如き悪夢を幻視し、寂寞たる物語を紡ぎ出してゆくのだ。