26世紀の未来の地球は《馬鹿の惑星》と化していた!?〜映画『26世紀青年』

26世紀青年 (監督:マイク・ジャッジ 2006年アメリカ映画)


軍の冷凍睡眠実験の実験台として徴集された軍人ジョールーク・ウィルソン)と娼婦リタ(マーヤ・ルドルフ)は、しょーもない理由により冷凍されたまま忘れ去られてしまう。彼らが目を覚ましたのは26世紀の未来の地球。しかしそこは、馬鹿が馬鹿を支配する馬鹿ばかりの馬鹿の惑星と化していたッ!?

26世紀青年』である。似たようなタイトルの漫画があったような気がするがきっと気のせいに違いない。あったとしても思い出せない。だって馬鹿なんだもん。馬鹿だらけの未来世界。なんでこんなことになったかというと、馬鹿ほど考え無しにポンポンガキを作り、インテリ富裕層は計画的に少数しか子供を作らなかったからである。ネズミ算式に増えていく馬鹿と馬鹿に駆逐され淘汰されてゆくインテリ。悪貨は良貨を駆逐するというグレシャムの法則がメンデルの法則と結びつき、世界は馬鹿遺伝子を持った馬鹿どもだけの馬鹿世界になったというわけである。マァ〜怖いわねえェ〜!

建造物はまともに設計されてないからどれもこれも半倒壊状態!そして街中ゴミだらけ!市民の皆さんはボタン押すだけの仕事に従事し、ジャンク・フードと清涼飲料水で腹を満たし、ケツが延々写っているだけの映画を観てギャハハと笑う!大好きなものは「セックスと金!」と言い切り、誰もがお下劣で低脳で胡乱な人間ばかり!そんな市民の皆さんを代表する大統領は頭の悪そうなルックスを独り占めしたような華麗なお馬鹿オーラに満ちた馬鹿の中の馬鹿!ずさんと適当とインチキと無計画をそのまま映像化するとこんなんなりましたァ〜と言わんばかりの馬鹿のオンパレード!レッツ馬鹿!エンジョイ馬鹿!アイラブ馬鹿!

まさに「世の中馬鹿ばっかり!」という言葉をそのまま映画にしたような辛辣な批評のこもった作品であり、単なるコメディにとどまらない現代社会への深い皮肉とアイロニーのこもった物語として観る事が出来るこの『26世紀青年』、馬鹿映画とはいえ相当な秀作だと言うことができるであろう。・・・しかし、そういった批評的な側面よりもオレが思ったのは、この映画、出て来る馬鹿出てくる馬鹿みんなオレにそっくりじゃん!という恐るべき事実であった!もう映画観ていてどの馬鹿も他人のような気がしませんでしたよ!なんでオレがここにいないの!?と言うかこれ実は全部オレなんじゃないの!?世界をオレが支配したらこんなんなっちゃうという映画なんじゃないの!?などというパラノイアックな妄想で頭がウジャウジャしちゃいましたよ!

そしてこの馬鹿しかいない世界、司法立法行政を司るものが馬鹿であってもそれを施される者も馬鹿であり、誰が誰を搾取するわけでも無く(馬鹿だから)、誰を欺くわけでも無く(馬鹿だから)、戦争も無く(馬鹿だから)、ただ馬鹿だけに「鈍すれば貧す」の困窮で馬鹿同士みんなでお手々繋いで共倒れしても、お互い馬鹿だから意味も分からず、ただただアハハオホホと愉快に笑いながら滅んでゆくという、ある意味幸福ともいえる世界の終末の光景がここにはあるのではないか。荒廃に満ちたこの未来世界が、何故か少しの翳りも無く無意味に楽しげで明るいのは、きっと本当は、こんな馬鹿な世界こそが人が望むものだからではないのか…って思うのは馬鹿のオレだけだなきっと!