フランス文豪バルザック小説を原作とした虚飾と慢心の物語/映画『幻滅』

幻滅 (監督:グザビエ・ジャノリ 2021年フランス映画)

19世紀フランスの文豪、オノレ・ド・バルザックの小説『幻滅 メディア戦記』を映画化した作品。地方出身の純朴な青年リュシアンは蛇の巣の如く退廃と悪徳に塗れた19世紀パリにやってくる。彼は詩人になる夢を捨てて打算に満ちた人生を歩み始め、虚飾に溺れて自らを失ってゆく。

《物語》文学を愛し、詩人として成功を夢見る田舎の純朴な青年リュシアンは、憧れのパリに、彼を熱烈に愛する貴族の人妻、ルイーズと駆け落ち同然に上京する。だが、世間知らずで無作法な彼は、社交界で笑い者にされる。生活のためになんとか手にした新聞記者の仕事において、恥も外聞もなく金のために魂を売る同僚たちに感化され、当初の目的を忘れ欲と虚飾と快楽にまみれた世界に身を投じていく。

映画『幻滅』公式サイト

この物語では19世紀のフランスに生きる一人の平民青年の、貴族階級への羨望と嫌悪がないまぜになったルサンチマンが描かれる。これはバルザックゴリオ爺さん』やスタンダール赤と黒』にも通じる、当時の若者たちの心象を抉ったものなのだろう。同時に当時の貴族社会の、平民への強い侮蔑と冷笑とがあからさまにされる。

この作品は幾つもの点において今日的な問題と共通する事柄を描いている。一つは都会の中で疲弊してゆく青春の蹉跌の物語。この辺り、北海道の片田舎から上京した”お上りさん”のオレには我が事のように感じてしまった。そして貴族/平民の強烈な階級社会描写は、格差社会と化した現代と二重写しになっている。

正義なきパワーゲームに奔走するメディアの醜怪さも描かれる。新聞メディアが力を持ち世論を大いに搔き乱すというこの描写は、18世紀半ばから巻き起こった産業革命が影響したものであり、印刷技術の大規模な発達がメディアに力をもたらしたということなのだ。これも昨今のインターネットの爆発的な発達と共通するものがあるだろう。古典文学を原作としながらも、こういった点において非常に今日的な作品だと言えるのだ。

ちなみにバルザックはその著作においてスターシステムを使用しており、この作品における主人公リュシアンは、原作『幻滅 メディア戦記』の前作『ゴリオ爺さん』にも登場している。そもそもがバルザックの著作は、『人間喜劇』というタイトルの長大な大系に集約されたものなのだ。また、物語で描かれる「対立劇団潰し」は近世フランスでは常態となっていて、戯曲『ドン・ジュアン』を書いたモリエールもその憂き目に遭っていたという。

幻滅

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