早川異色作家短篇集 第19巻 棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇

永らく積読にしていた《早川異色作家短編集》の19巻目。18巻がアメリカ作家篇だったが、この巻では12人のイギリス作家達が描く”奇妙な味”の作品を収録、前作同様、全て本邦初訳の作品ばかりが集められている。”奇妙な味”というジャンルがあるわけではないのだけれども、一見見た目はSFやホラー、クライムサスペンスの雰囲気で書かれているが、そのテイストや読後感が”妙”、というか”変”な作品、またはジャンル分け不能な、「これはいったい何の物語なんだ?」と唖然としてしまうような作品、これらを一緒くたに放り込む便利な言葉として”奇妙な味”という暫定的なジャンルが存在しているのだろう。しかも狐につままれたような物語が多く、そのあまりの奇妙さに、面白いとか面白くないとかいう感想がどうでもよくなってしまうような読後感だ。実際、この短編集も誰にでもお薦めというものではないのだが、退屈な作品集と言ってしまうには惜しい味わいがある。つまりはオレのような”奇妙な味”好きの好事家がニンマリしながら読むための作品集と言えばいいだろう。
イギリス作家集ということで、アメリカ作家の軽妙洒脱なテンポとは別の、重厚とした筆致の作品を読まされるかと思ったが、短編ならではの読みやすい作品が多かった。しかし作品のどこかにはイギリスの鬱蒼とした田園が広がっているような感覚があったのも確かだ。
個々の作品を紹介するなら、冒頭のジョン・ウィンダム【時間の縫い目】で軽く時間SFが紹介された後に、ジェラルド・カーシュ【水よりも濃し】で奇想としか言いようの無い、有り得ない完全犯罪のトリックにまず唖然とさせられる。しかしそのトリックよりも口うるさい資産家の言葉の汚さが最後まで印象に残る。これはこの作品集の白眉となる短編だろう。
ジョン・キア・クロス【ペトロネラ・パン―幻想物語】、ヒュー・ウォルポール【白猫】はホラーテイストではあるが、シチュエーションの普通さが逆に変。L・P・ハートリー【顔】も面白かった。これも妙な作品だが、実は超自然的な物事は何も起こっていないにも拘らず、やはり読後感は”奇妙な味”としか言いようの無い作品だ。
ロバート・エイクマン【何と冷たい小さな君の手よ】は「トワイライトゾーン」を思わせるホラー。A・E・コッパード【虎】はサーカスを舞台にした魔術的な雰囲気の冴えた作品。ウィリアム・サンソム【壁】は壁が崩れるまさにその瞬間を延々と描写した作品だが、そのゆっくりした時間の流れ方がシュール。ミュリエル・スパーク【棄ててきた女】は一人の女の意識の流れを描き、なんともいえないぼんやりとした不安の残る作品。
ウィリアム・トレヴァー【テーブル】は物語的には普通小説なのだが、登場人物たちの思考や行動がどこか歪で、読み進めて行くほどに心が冷え冷えとしてくる。傑作。
アントニイ・バージェス【詩神】は鬼才の描くシェークスピアを題材にしたシニカルな時間SF。リチャード・カウパー【パラダイス・ビーチ】は仮想現実がテーマのSF作品。