”獄長”と呼ばれた男

オレの仕事は一言で言うと貿易関係というやつで、様々な輸出入貨物の取り扱いをしているんである。事務所の背広着た連中は海外とやり取りしているので外国語の堪能な奴も多く、まあ雰囲気だけはワールドワイドな仕事なんだが、オレ自身はというと倉庫で作業着着て外国人労働者諸君がえっちらおっちら作業をしているのを見守る現場監督をやっているんである。言っちまえばブルーカラーって奴だな。今でこそ事務所でパソコンのキーボード叩いていることが多いけれど、もともとは現場で作業してた人間だから基本的には肉体労働者だと思っている。かつてはフォークリフトの狼という異名をとり、更に木箱の解体のスピードは誰にも負けない自信があるぞ。バール使う仕事があるんならオレを呼んで貰えば手伝ってあげてもいい。
そんなオレの職場であるが、人事異動で事務屋からこの現場にまわされる人間がたまにいる。ぶっちゃけた話、事務で仕事がイマイチだった奴ばかり廻されるんで現場行きは「獄舎送り」なんて同僚同士で冗談を言うこともある。オレなんか実際「フモ獄長」とまで呼ばれている始末だ。入ったものは二度と出られない地獄のフモ獄舎、なんて自嘲気味に言うのは、たいてい事務屋から廻された奴というのが殆ど長続きしないということもある。事務屋にとっては現場行きなんて左遷に近い感覚があるらしく、長くやってるオレなんかは「結構気楽でいいぜ?手当ても高いし」などとは思うんだが連中にとってはそうでもないらしい。
実は最近この現場に異動が決まった事務屋がいて、去年の暮れに決まって1月20日付け異動の辞令が出るはずだったんだが、こいつが1月に入ってから10日以上無断欠勤しているのである。何の連絡も無いままだし訪ねていっても誰も出てこないので、さすがに会社も心配して、この間とうとう家主と警察立会いの下に彼のアパートに確認の為入ったらしい。一人暮らしということでなんかヤヴァイことになっていたらヤヴァイからな。会社の偉い人もこの2,3日は新聞の死亡記事を気にして見ていたというよ。すると本人こそいなかったが生活している跡はあったらしい。犬が3匹も居てキャンキャン吠えてたってさ。そして次の日の朝再び警察が訪ねていったところ本人が出てきたとか。しかし会社のほうはそんな連絡を警察から貰ったのにも関わらず、本人はやはり会社に連絡をよこさないのである。いやあ、素敵な根性しておりますね。
それにしてもそんなに異動が厭だったんでしょうか。でも会社ぐらい連絡よこせと。所謂”破瓜型”ってやつなんでしょうか。このまま永遠に現実から背を向けられると思っていたのでしょうか。いや、現実のことなんか考えたくなかったんだろうなあ。本人はもう会社的には居られなくなると思うが。という訳で来月からオレの職場は人員の穴が開いたままである。ま、キツイ仕事は慣れてるんでガタガタ言わないけどな。それよりも今回は事務屋君の大胆不敵なツワモノ振りに大いに呆れたオレではあった。あと、オレも一人暮らしなんだが、何かヤヴァイことになったときは会社の偉い人が10日ぐらいしたら見に来てくれるんだ、というのが判って妙に安心したのだが、こういうのって、あんまり想像したいもんじゃねえことは確かだな。