ネバーウェア / ニール・ゲイマン

ネバーウェア

ネバーウェア

地下街、地下鉄通路、地下の世界には独特の異質さがあります。東京の地下鉄連絡道は場所によって結構入り組んでいて、目的も無く歩くと見当識が喪失してゆき、自分が見知らぬ場所にいるような気分にさせられます。ただ、その気分は何故か心地よかったりするのです。そして、その地下世界が、誰も見たことのない異世界へと通じていたら?


この小説はコミック『サンドマン』の原作で有名なニール・ゲイマンによるダーク・ファンタジィ小説です。原題は"NEVERWHERE"。


舞台は現代のロンドン。主人公リチャード・メイヒューは仕事やガールフレンドのことで毎日汲々としているような、どこにでもいそうな平凡なビジネスマン。しかしある日、道端に倒れるホームレスのような少女を助けたことにより世界の様相が変わってしまいます。自分の住む現実世界が自分を認識しなくなってしまったのです。彼は自分の世界を取り戻すために、少女を追ってロンドンの地下へと降りていきますが、そこにはあるはずのない広大な別世界が広がっていたのでした。


ひ弱で付和雷同型の主人公。全ての”扉”を開ける力を持ち、そして家族全員を何者かの手により皆殺しにされた地下世界の名家の娘”ドア”。胡散臭くいつも訳知り顔で腹に何か一物持っていそうな”侯爵”。地下世界最強と誉れ高い女戦士”ハンター”。魅力溢れる実に個性的な性格のこの4人が、”旅の仲間”として困難な旅へと出掛けます。


異世界、奇妙な登場人物、殺戮と死の歴史、救済と探求、裏切りと陰謀、試練と成長、剣と魔法、狂った殺人者、強大な敵、恐るべき真実、そして世界全てを変える最後の戦い。
ニール・ゲイマンの描くこの物語は、ファンタジー・ノベルの王道ともいえるプロットを踏襲しながら、現実世界のロンドンと背中合わせの地下世界ロンドンを描ききります。そして非常にしっかり張られた伏線と、それによるどんでん返しが続き、驚くべきクライマックスへと読者を誘うでしょう。


現実と異世界を往復しながら語られてゆくダーク・ファンタジィとしては、S・キングとピーター・ストラウブ共著の『タリスマン』などを思い浮かべましたが、こちらがキングらしい暴力とホラーテイストに満ち溢れた作品だったのに比べ、『ネバーウェア』はイギリスらしいシニカルさとコミカルさがスパイスとして添えられています。登場人物も古い時代のイギリスやイギリス貴族を連想させる慇懃だったり格式ばったりしたキャラクターが数多く登場し、この辺の英国風味が『ネバーウェア』の物語を味わい深いものにしています。そしてロンドンの現実の地名が頻繁に出される物語は、英国好きの方には心くすぐるものがあるのではないでしょうか。


そしてこの物語は数多のファンタジィがそうであるように、平凡で索漠とした現実に生きる人間が冒険の中で確固とした生のしるしを得る物語でもあります。現実の中で疲れたなら、ここではないどこかにある『ネバーウェア』の世界を夢想してみるのもいかがでしょうか。


それにしてもウィキペディアニール・ゲイマンを調べたら…

作家としてデビュー作は、バンド デュラン・デュランの伝記であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3

えええ。