ニール・ゲイマンによるダーク・ファンタジー短編集『壊れやすいもの』を読んだ

■壊れやすいもの/ニール・ゲイマン

壊れやすいもの (角川文庫)

緑の液体が飛び散る惨殺死体にベイカー街の名探偵が挑む「翠色の習作」、女性が忽然と失踪した、いかがわしく謎めいたサーカスへと誘われる「ミス・フィンチ失踪事件の真相」、ナルニア国物語に登場する美少女のその後に驚く「スーザンの問題」、女の子に声をかけようと奮闘する少年の純真を描く「パーティで女の子に話しかけるには」など、儚く美しくグロテスクな31編を収録。空前絶後の想像力に満ちた短編集。

ニール・ゲイマンの名は随分昔、コミック・シリーズ『サンドマン』で知った。 その後もなんとなく気にしていたが、映画『コララインとボタンの魔女』、『パーティーで女の子に話しかけるには』、TVドラマ『グッド・オーメンズ』、『アメリカン・ゴッズ』など映像作品の原作者として多く目にするようになり、そしてそのどれもが傑作だったので、「これはもう無視できない存在だな」とやっと思い始めるようになったのだ。

この『壊れやすいもの』はそのニール・ゲイマンによるダーク・ファンタジー短編集となる。実は単行本自体は2009年に翻訳出版されていたが、ちょっと手が出しにくかったので永らくペンディングにしていた所、去年やっと文庫の形で出版され、それをつい最近知り、やっと読む事ができたという訳である。いやーここまで長かった。そして読んでみるとこれが、びっくりするほど面白い短編集だった。

この短編集ではなんと31篇ものごく短い作品が収められているが、さらにそのジャンルもホラー、SF、ファンタジー、パロディなど多岐に渡り、おまけに数篇もの詩まで掲載されている(詩と言っても文学的なそれではなく、これもホラーだったりSFだったりする)。全てがアイディアとイマジネーションに満ち、イギリス作家らしい抑制と仄暗さと美しい幻想によって彩られている。何よりも気に入ったのはその文章が平易かつ優しく読む者の心情にフィットする様子だ。読み易くすんなり作品世界に入って行けるのだ。なおかつ含蓄に富み高いインテリジェンスを伺わせる。これは訳者の方の尽力の賜物でもあるのだろう。

作品の多くは「登場人物が過去に起こった出来事、あるいはどこかで知った逸話を物語る」といった形式が成され、これにより説話や伝説を聞かされているような気にさせされてしまう。そして説話とはメルヒェンでありフェアリーテイルであるということだ。こういった幻想性を高める仕組みがそれぞれの作品に仕込まれており、それが高い効果を生んでいるのだ。

作品数が多いので全ては紹介し切れないが、やはり完成度が高かったのは「翠色(エメラルド)の習作」だろう。これはホームズ+クトゥルーという今ではよくあるような組み合わせの作品だが、なにしろ最後まで読んで強烈に驚かされた。一方、『ナルニア国物語』のその後を描く「スーザンの物語」などはファンの方には垂涎モノだろう。また、映画化にもなった「パーティーで女の子に話しかけるには」が収録されているのもこの短編集だ。他にブラッドベリラファティラテンアメリカ文学を彷彿させる作品が並び、「ゴリアテ」は映画『マトリックス』のウェブサイトと提携し掲載されたSF作品だ。ラストでは『アメリカン・ゴッズ』の後日譚となる「谷間の王者」という作品まであるのだ。この「谷間の王者」は短編集で最も長い作品だが、その分これまでの作品とタッチが違い、最も幻想味の強い物語であった。

壊れやすいもの (角川文庫)

壊れやすいもの (角川文庫)