あのホームズがクトゥルフ神と対決!?『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』

シャーロック・ホームズとシャドウェルの影/ジェイムズ・ラヴグローヴ (著)、日暮 雅通 (訳)

シャーロック・ホームズとシャドウェルの影 (ハヤカワ文庫FT)

ある日突然H・P・ラヴクラフトが血縁であることを知らされた作家ラヴグローヴ。彼はラヴクラフトが保管していたジョン・ワトスン博士による秘められた原稿を託される――1880年ロンドン、ワトスンはひょんなことから怪事件を追う探偵ホームズと出会う。事件の背後にいるのはクトゥルーの古き神々! ふたりは深淵へと足を踏み入れる。ホームズ物語とクトゥルー神話を大胆にマッシュアップした前代未聞のパスティーシュ

誰もが知る稀代の名探偵シャーロック・ホームズがあのクトルゥフ神と対決しちゃう!?というマッシュアップ小説『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』である。しかしホームズとクトゥルフの組み合わせだなんて「カレーとトンカツでカツカレー」みたいな組み合わせだよね!?

そもそもホームズというのは他ジャンル小説との親和性が実に高く、これまでも「ホームズvs.火星人」な小説『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』や「ホームズvs.ゾンビ」なコミック『ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ』なんてェ作品があった。実は「ホームズvs.クトルゥフ」というパターンもニール・ゲイマンの短編集『壊れやすいもの』収録の「翠色(エメラルド)の習作」という形で既に存在している。ガイ・リッチーの映画『シャーロック・ホームズ』もある意味「スチームパンクシャーロック・ホームズ」って見方ができるよね。

さて物語はワトソン博士が「ホームズ正史に隠されたもう一つの裏ホームズ」を語るという形で描かれる。この『シャドウェルの影』自体3部作の1作目だというが、まずワトソンとホームズの出会いから順を追って描かれる体裁になっている。ちなみに今作でのワトソン博士、従軍中にアフガンのクトルゥフ神殿でトカゲ人間に襲われて九死に一生を得ていた、なんていう美味しい過去を持っている。

そのワトソンがホームズと共にロンドンの闇夜に蠢く妖しい影と恐るべき陰謀を追ってゆく、という展開になるのだが、作者がホームズにもクトルゥフにも両方造詣が深いらしく、この辺りの書き込みは丁寧だし両方のファンを満足させる出来になっているんじゃないかな。ちなみに今作でのホームズ、図書館でクトルゥフ魔導書を読みまくりルルイエ語を訳し、しまいにはネクロノミコンを詠唱しちゃうという美味しい展開付きだ!

そんなクトルゥフ神を陰で操りワトソンとホームズを究極の危機に陥れるのはあの人、そう、ジェームズ・モリアーティ教授だ!ワーオ訳者が揃ったね!今作でも悪辣な企みを巡らしホームズたちを追い詰めるんだが、ここが実は今作のネックでもあるんだよな。つまり宇宙的規模に禍々しく人知の及ばない絶対の恐怖であるはずのクトルゥフ神が、いかな悪党とはいえ単なる人間でしかないモリアーティ教授に使役されちゃう、という部分がなんだかクトルゥフ神ぽくない、というかだったらクトルゥフ神じゃなくてもええやん、と思えてしまうんだよ。

まあそこだけ少々引っ掛かったとはいえ、全体的にはコミックタッチのノリで読み易く気軽に楽しめる作品であったことは確か。3部作の1作目と書いたが、2作目3作目も今後訳出されたら多分読んじゃうんじゃないかと思うね。