もしもH・P・ラヴクラフトがバットマンを描いたら?『バットマン:ゴッサムに到る運命』

バットマンゴッサムに到る運命 / マイク・ミニョーラ (著)、リチャード・ペイス (著)、トロイ・ニクシー (イラスト)、森瀬 繚 (訳)  

バットマン:ゴッサムに到る運命 (ShoPro books)

時は1928年。世界各地を放浪していたブルース・ウェインは、行方不明になったゴッサム大学の遠征隊を捜索するため、南極のケープ・ヴィクトリアを訪れた。そこで一行を待ち受けていたのは、遠征隊員たちの死体と、異形の姿となって氷原を彷徨う教授、そして氷の中に閉じ込められた巨大な怪物であった。異常な事態を前に退却を余儀なくされた捜索隊だったが、それはさらなる悪夢の序章に過ぎなかった……。ゴッサムに災厄が降りかかる時、闇の騎士が立ち上がる!

ちょっと前に「バットマンVS.切り裂きジャック」というコンセプトのコミック『ゴッサム・バイ・ガスライト』が刊行されたが、バットマンの今度の敵はなんとあの「宇宙的恐怖」のクトルゥフ神なのだという。

そう、この『バットマンゴッサムに到る運命』は、「もしもH・P・ラヴクラフトバットマンを描いたら?」というコンセプトのもと、『ヘルボーイ』のマイク・ミニョーラがリチャード・ペイスと共に企画を立てたコミック作品なのである。クトルゥフ神といえばついこの間も「シャーロック・ホームズVS.クトルゥフ神」という小説『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』を読んだばかりで、なんだか妙にクトルゥフ神づいているオレであるがまあ深い理由はない。

さてこの『バットマンゴッサムに到る運命』、1928年が舞台という事になっており、つまりは「バットマン正史」から外れた「バットマンのifの世界」を扱ったものとなる。これはラヴクラフト小説の主な時間軸となっているのがこの時代だからという事なのだろう。冒頭にブルース・ウェイン南極大陸を訪れる描写があるが、これなどはクトルゥフ小説『狂気の山脈にて』を踏襲したものだ。

そしてこの南極大陸に眠っていたクトルゥフの邪神がゴッサム・シティに上陸し災いを成すというのがこの物語となる。物語にはバットマン・コミックの名物ヴィラン、ペンギンやミスター・フリーズトゥーフェイスラーズ・アル・グールなども登場するが、彼らは皆一様にクトルゥフ神に憑依され、名状しがたい相貌へと変身している様子もまた不気味さを盛り上げる。バットマンゴッサム・シティを守るため、これら人外と化した者たちと戦う事になるのだ。

しかしてこのバットマン、原作のミニョーラが「バットマンには興味は無い」と断言しているように、結構な部分において「バットマンらしさ」から逸脱することになる。もっさりしたコスチュームは「時代だから」で済ますことはできるとしても、バットマンが銃を持ち、これでもってヴィランと戦うなど正規のバットマンならあり得ないことだ。そしてあの唖然とするラストなどは、そもそもがバットマンに思い入れの無い者だからこそ作り上げられたのだろう。とはいえこの勝手放題なバットマン造形はそれはそれで面白い。

そしてやはり思うのは、これは『ヘルボーイ』のマイク・ミニョーラらしい物語であり、『ヘルボーイ』的オカルト展開をバットマンでやってみたのがこの作品だということなのだろう。そういった部分でバットマンである必然性に乏しい部分を感じるが、むしろ軸足はクトルゥフ神話にあったと考えればよいのだ。もともとがクトルゥフ好きのミニョーラの原作によるものだから、クトルゥフ神話としての面白さ、その不気味さなどはなかなかのものであったと思う。