恐かった話、その他の話

子供の頃の話。
「指の爪と肉の間を切って、そこにばい菌が入ったら腐って指を切り落さなければならない」と教えられたことがあった。そしてある日爪先の肉を切ってしまった。自分の指は腐って切り落されてしまうんだろうか。恐ろしくて恐ろしくて治るまで毎日怯えて過ごした。

別の話。

幼稚園にキリスト教会の人間がやってきて、外で遊んでいる子供たちにキリストの肖像が印刷された紙を配っていた。オレもそれを受け取ったが、そこに描かれた金の輪を頭の上に浮かべ、白目になりかかった表情の異国の男の顔は、子供心に不気味なものだった。「これはなに?」オレは同じ園児の一人に訊いた。そいつは言った。「これは、神様。神様の描かれたこの紙をを捨てたり破ったりすると、死ぬんだよ。」勿論嘘なのだが、子供のオレは恐ろしかった。始めてその時、「自分はいつか死ぬ」ということを認識したのだ。キリストの描かれた紙は大切に大切にして家に持ち帰った。母親に聞いた。「僕はいつか死ぬの?」。どういう返事だったのかは憶えていない。「自分の死」ということが頭から離れず、その日から暫く恐怖で眠れなかった。

別の話。

夏休みに田舎のおばあちゃんの家に遊びに行った。親戚のおばさんも来ていて、おばさんの子供でオレの従兄妹の子の同級生の話をしていた。その女の子は睫毛が内向きにカールしていて目に入ってしまうので、手術をしたのだと言う。しかし、手術は失敗し、その女の子は死んでしまったのだと言う。

別の話。

そういえば、おばあちゃんの住む家には、太い太い筆で一筆書きにされた蛇の絵の掛け軸があった。うねうねとうねる線で描かれたその蛇はリアルで薄気味悪かった。

別の話。

おばあちゃんの家には法事で行ったのであった。お寺には地獄の絵が飾られていた。鬼と鬼に折檻される地獄の亡者達の絵。自分もあそこに行くのだろうか、と思うと体が震えた。いい子になろう!と思ったが、それはほんの少しの間だけ。針地獄も釜茹も恐かったが、一番行きたくない、と思ったのは蛆虫の湧いた糞溜めに漬けられる地獄だった。

別の話。
そのおばあちゃんの家での夏休みのある日。実家に住む従兄弟と、蝉を採りに行った。山の途中にある学校の校庭まで来た時、木陰に小さなアマガエルを見つけた。オレがそれを踏み潰すと、途端に雨が降り出してきた。

そしてまた、別の話。