ハードボイルドワンダーランドな日々

そして目が覚めると部屋の中は爆撃後のテヘラン市内さながらの荒廃を極める惨状を呈していた。
脱ぎ捨てた洋服や下着は織物でできた知恵の輪のように絡まりあい、台所は汚れた皿や鍋がトランプタワーのように積み重ねられ、体は動物園の獣舎のような臭いをさせていた。
鏡を覗くとそこには打ち捨てられた廃虚じみた顔をした男がどろりと濁った虚ろな目でこちらを見返した。
冷蔵庫の中の賞味期限を過ぎた畜肉のような色をした肌には使い古したラードのような脂を浮かせ、なにか新種の鱗の様にまばらに生えた無精髭は男の顔をまだら模様の仮面のように見せた。
男の頭の中はスフィンクスの謎のように大いなる不条理に満ちていた。融けた飴菓子のように形なく癒着し粘り付き融合したそれは歴史が終わる日まで整理される事は決してないかのように思えた。
心はエレクトロラックス社の最新式真空掃除機で最強度で吸引された後のように塵一つ残さず空っぽだった。そこには空気さえなく光も届かなかった。
海底を彷徨うかのように男は動いた。そうだ、ここは1千気圧の深海の底なのだ。
針で出来た柔毛のタオルで体を包まれるように、男を憂鬱が包んだ。
男は今目覚めた、そして、早くも、今日一日が、もはや終わってしまった一日でしかないのを感じていた。

(続く?