アメリカ国民の持つ不撓不屈さ〜映画『パトリオット・デイ』

パトリオット・デイ (監督:ピーター・バーグ 2016年アメリカ映画)


映画『パトリオット・デイ』は2013年、ボストンマラソン開催中に発生した爆弾テロ事件の真相を描く実話映画だ。主演を『トランスフォーマー/ロストエイジ』(2014)、『トランスフォーマー/最後の騎士王』(2017)のマーク・ウォールバーグ、監督を『ハンコック』(2008)、『バトルシップ』(2012)のピーター・バーグが務める。この二人がタッグを組むのは『ローン・サバイバー』(2013)、『バーニング・オーシャン』(2016)に続いて3回目となる(ちなみに今年日本公開された『バーニング・オーシャン』も凄まじく面白かったのでお勧め)。
正直に書くと最初この映画、全く観る気が無くてスルーするつもりだった。ボストンマラソン爆弾テロ事件の実話映画という内容に興味をそそられないこと、「パトリオット・デイ愛国者の日」というタイトルに「またぞろアメリカさんらしい国威掲揚映画なんだろうなあ」と辟易していたことが理由だ。ウォールバーグ&バーグのアメリカ軍人映画『ローン・サバイバー』もどうにも国粋主義的で好きじゃ無かった。今回もまたその流れなんだろ?と思ってしまったのだ。
だが、ツイッターTLでの評判が妙にいい。単なる「テロリストを追いつめるイケイケ国家アメリカ万歳!」という映画ではなさそうなのだ。こりゃ何かありそうだな、といそいそと劇場に足を運んだところ、これがもう、最初に抱いていたネガティブな印象を全て吹き飛ばしてくれるほど面白く、そして良質な作品だった。爆弾テロにとどまらず次々と凶行を続けるテロ犯、それを憤怒と執念で追いつめてゆく捜査班、この二者の追跡逃走劇がおそろしいほどに緊張感たっぷりなのだ。オレはあまりの緊張に座席の肘掛けを思いっきり握りしめていたよ……。
なにより、爆弾テロ事件の後にこのようなことがあったこと自体初めて知ったので、事件の全貌に呆然としてしまった。逃走するテロ犯を警戒しボストンの街は戒厳令状態となり、そしてそのボストンは犯人と警官隊によって遂に戦場と化すのである。こんなことがアメリカの大都市の真ん中で本当に起こっていたのだとは。そんな恐るべき状況に至るまでの冒頭の描き方もまたいい。ボストンマラソンが開催され、そしてそこでテロが行われることを誰も知らずに始まる朝、複数の人々の日常が丹念に描かれるのだ。そしてこれら一般市民らが、事件とどうかかわってゆくのかを固唾を飲んで見守ることになるのである。
この作品は、テロ事件の顛末を映画いている部分から、どうしても「テロ対アメリカ国家」の図式を想像してしまいがちだが、実際はそうではないのだ。テロそれ自体を生み出す要因を自ら作り出しながらアメリカの正義を謳い上げる自己欺瞞的な作品とは全く別個にとらえるべき作品なのだ。それは、テロ犯と対峙するのが、アメリカ国家なのではなく、ボストンの街に住みそれを愛する警官たちであり、そして一般市民である、という構図がそこにあるからなのだ。
これは、実話作品であるこの映画の主人公警官トミーが、実は実在の人物ではなく、当時捜査を担当していた様々なボストン市警官の象徴化された存在である、という部分に表れているだろう。ボストンの街を愛しているからこそ犯人の凶行に断固とした怒りを表明し、ボストンの街を知り抜いているからこそ犯人の所在へ肉薄し、夜も眠ることなく街の警邏を行い続け、そして遂に犯人を追いつめてゆくトミーだが、しかし彼一人が犯人逮捕のヒーローだというのではなく、トミーに象徴される多くの警官たちの尽力がそこにあったからこその事件解決だったのだ。
そしてこの映画に感銘したもう一つの理由は、アメリカという国に住む人たちのその精神性の在り方を非常にストレートに描いている部分だ。「パトリオット・デイ愛国者の日」というタイトルは事件があったテロ事件がまさに「愛国者の日」であったからであり、その「愛国者の日」に起こった惨劇を愛国者だからこそ執念で解決しようとする、アメリカ人の不撓不屈の精神をまざまざと見せつけられる作品だったのだ。
その精神は、捜査陣だけではなく、このような恐ろしい事件に直面したボストン市民のあくまでも前向きな態度にも現れる。映画『オデッセイ』観た時にも思ったが、アメリカ人という連中は、なにがなんでも諦めないし絶対遣り遂げようとする、少なくともそんな精神を礼賛する。それは一つ間違えば利己心と自己中心主義へと繋がり、アメリカという国家そのものを煙たく思わせる理由の一つになるけれども、同時に楽観性に彩られた強靭な前向きさを発露するのだ。そんなアメリカ国民の精神性に触れさせられるという部分において、とても驚嘆させられ、そして感銘させられる作品でもあった。