憧れが憎しみに変わるとき〜映画『Fan』

■Fan (監督:マニーシュ・シャルマー 2016年インド映画)

■狂気に囚われたファン

先頃公開されヒットしたインド映画『Fan』は大スターとその彼にストーカーのようにまとわりつくファンとの間に巻き起こった恐るべき事件を描いたサスペンス・スリラーである。物語の中心となる二人、綺羅星のような大スターと狂気に囚われた大ファンという対称的な二人を、シャー・ルク・カーンが一人二役で演じているところが見所となるだろう。

《物語》デリーに住む青年ゴウラヴにとって大スター、アーリヤン・カンナーは世界の全てだ。夜も日も明けずアーリヤン漬けの生活を送る彼は見た目が似ていることを活かし、アーリヤンの物真似でコンテスト優勝する。ゴウラヴはそのコンテスト優勝を伝えるため、アーリヤンの住む夢の街、ムンバイへとやってくる。だが一般人が大スターと容易く会えるわけがない。アーリヤンの気を引くため脅迫事件を起こし投獄されるゴウラヴ。そこにアーリヤンが面会に来て彼に言う。「君のような男はファンなんかじゃない」。憧れが憎しみへと変わり、ゴウラヴの狂気がゆっくりと頭をもたげ始める。

■インド映画お馴染みのボディ・ダブル・ストーリー

SRKが久々にダークサイドな役を演じ大ヒットした作品ということで結構期待値大で挑んだのだが、観終わってみるとまずまずの面白さかな、という感じだった。憎しみに燃えるファンというから『Ek Villain』(2014)みたいなキレッキレのサイコパス野郎が登場し地獄のような哄笑を響き渡せてくれると思っていたし、物語にしても『Badlapur』(2015)みたいな凄惨極まりない展開を期待していたのだが、やはり大御所シャー・ルクが主演とあっては一般ファンがドン引きしたあげくおしっこ洩らしちゃうような作品にはできなかったのだろう。そもそもこの作品に登場するストーカー青年ゴウラヴはサイコパスというよりも純情さをこじらせた愚か者でしかなく、見ていてイラッとさせられこそすれ恐怖を感じるような存在ではないのだ。

監督のマニーシュ・シャルマーは『Band Baaja Baaraat』(2010)、『Ladies vs Ricky Bahl』(2011)といった作品があるが、基本的にロマンス作品を得意とする監督で、こういったミステリー・サスペンスは苦手なのではないだろうか。サスペンス作品としてシナリオに穴が多く、詰めが甘い。観客を怖がらせよう、徹底的に追い詰めよう、という気概が感じられない。だからストーカー青年が愚か者に見えても理解不能な狂人には見えない、見せられない、ということなのではないか。アクションにおいても見栄えこそすれど、アクション監督に任せてお仕舞いみたいなお仕着せ感を覚えた。

物語構造にしてもインドの娯楽作品においてさんざん使用されるボディ・ダブル・ストーリーだ。しかもシャー・ルクの一人二役映画と言えば『Rab Ne Bana Di Jodi』(2008)があるし、シャー・ルクが本人を髣髴させるスターとして登場する作品には『Billu』(2009) がある。そしてシャー・ルクがストーカーとして登場する作品といえば『地獄曼陀羅 アシュラ』(1994)が挙げられるだろう。これらの要素を換骨奪胎し、さらに大ファンだったジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンのテイストを加味すれば映画『Fan』になるというわけである。まあ要するに、それほど斬新というわけでもない。

■シャー・ルク一人二役の面白さ

かといって退屈せず楽しめて観られたのはやはり御大シャー・ルク・カーンの主演映画だからであり、そしてそのシャー・ルクが今回一人二役をどう演じ分けるかといった点にあるだろう。本人そのものの大スターを演じるシャー・ルクだが今作では『Billu』におけるふわふわした善人ではなく、あからさまな営業スマイルを浮かべ時に疲れた顔をしスタッフに当り散らす等身大の人間だ。大観衆を前にポーズをとる様はいかにも決まって見えるが、それも「そういう営業中」であることがうっすらと透けて見えてしまう……というメタな演技は流石だなと思わされた。しかも、シャー・ルクのような大スターではあるが決してシャー・ルクではないのだ。

一方ストーカー青年ゴウラヴ、これがスゴイ。シャー・ルクの演じ分けも素晴らしかったが、一人二役とはいえ大スター・アーリヤンとゴウラヴの顏が微妙に違うのだ。最初自分はこのゴウラヴをシャー・ルクによく似た別の俳優を使っていると思っていたぐらいだ(だって鼻の形が全然違う!)。これはゴウラヴの顏を特殊メイクとさらにCGでもって製作しているからであり、さらに体型すらもCG加工されている。ゴウラグはアーリヤンよりもなで肩で小柄なのだ。こうして出来上がった特殊メイク+CGのゴウラヴはシャー・ルクに似て非なるいわば「不気味の谷」ともいえる薄気味悪い造形をしており、この気持ち悪さを眺めているだけでも面白い作品だった。