■Udaan (監督:ヴィクラマディティヤ・モトワーニー 2010年インド映画)
『Udaan』は 17歳になる少年と厳格な父親との強烈な確執を描く物語だ。主演の少年を新人のラジャト・バルメチャー、その父を『スチューデント・オブ・ザ・イヤー・狙えNo1!』『2 States』のローニト・ローイが演じている。また、製作・脚本に『Gangs of Wasseypur』『Ugly』監督であるアヌラーグ・カシャップが参加している。
《物語》インド北部の町シムラーの寄宿学校に通うローハン(ラジャト)は、悪友たちと成人映画を観に行ったことがばれて放校となり、インド東部ジャムシェードプルにある実家へ帰ることとなる。実家には鉄工所を営む男やもめの父バイラーヴ(ローニト)と、腹違いの弟アルジュン(アーヤン)が住んでいた。その父バイラーヴは自らを「サー」と呼ばせる強権的な男で、帰ったその日からローハンに高圧的に振る舞い、絶対服従を強要した。父の鉄工所と学校に通う日々の中、ローハンと父親との軋轢は次第に膨れ上がり、ローハンは逃げ場を求め夜の街を彷徨うようになる。
『Udaan』はスター俳優を使わず、非常にリアルな空気感を大切にしながら描いた作品だ。主人公はインド映画らしからぬ男らしさをまるで感じさせないキャラクターとして登場する。劇中でも「女みたいな顔だ」と言われるように、見るからにひ弱で頼りなく、繊細そうな少年なのだ。なにしろ彼の将来の夢は「詩人になること」だ。それはふわふわと形の無い夢で、おおよそ現実性が無い。だがしかし、この年頃の男の子なんてそんなものじゃないのか。親とは対立するけれども、ちゃっかり親の財布からお金を盗ったり、その金で酒を飲みに行って悪友を作ったり、その辺の後先を考えないヤンチャさも、実に若者らしい。
一方父親であるバイラーヴはどうだろう。彼は確かに融通の利かない厳しい父親ではあるが、狂人のように意思疎通不能で鬼か悪魔のように恐ろしい暴虐を振るうような存在として登場するわけではない。確かに家庭内暴力は描かれるが、それは許されないこととはいえ、この程度の拳骨親父は特別に珍しく思えない。要するに、クソ親父ではあるが、想像の範疇を超えない、地方に行けばどこにでもよくいるような、「頑固親父」なのだ。彼は息子のうわついた夢を完全否定し、彼が営む鉄工所での仕事という「実務」を叩き込もうとする。息子の人格を全く認めない頑迷さはあるにせよ、彼が息子に教えようとしているのは「現実を見ろ」ということであり、そこにはまさしく父親らしさがある。
こうした中で、息子は頑固な父親を拒否し、その父を乗り越えようともがきまわる。それは彼自身が「大人になる」ということの過程でもある。確かにこういった父子の対立のドラマは一見ありがちなように思えるが、この映画はインド映画なのだ。他の多くのインド映画からの印象でしかないが、インドは非常に強力な父権と家族主義が存在しているように見える。その中で「父親の否定」を描こうとするこのドラマは、やはり異質であり新鮮だったのではないか。クライマックスでは主人公青年が思い余って父親に拳を振るうシーンが描かれるが、これはインドでは意外とショッキングなシーンだったように思える。これはそういった部分に注目すべきドラマなのかもしれない。