フラれにフラれフラれまくって〜短編集『こうしてお前は彼女にフラれる』

■こうしてお前は彼女にフラれる / ジュノ・ディアス

こうしてお前は彼女にフラれる (新潮クレスト・ブックス)
おおっと。これは今までオレの読んだ中でもかなりザクッと胸に刺さった"恋愛"小説かもしれない。

実際の所、作中で主人公はどれも完膚無きまで徹底的にフラれ、フラれにフラれフラれ続けて、暗黒の宇宙の果てかはたまた身も心も消し炭にする地獄の底まで落とされるのだが、それでもこの小説は、恋愛のある一端を描いた、"恋愛"小説であることに変わりはない。しかもその最たる原因というのが主人公のひたすらしょーもない飽くせぬ浮気癖のせい、だったとしてもだ。

作者の名はジュノ・ディアス。あのあまりにも凄まじい『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』を書いた作家だ(レヴュー「オタク青年は悲劇の歴史を乗り越えられるか〜小説『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』」はこちら)。作者はドミニカ共和国の生まれ、そして登場人物もドミニカ人。このドミニカの男というのは「彼女の2、3人ぐらいいて当たり前」という手当たり次第のかな〜り奔放な恋をしちゃう性癖を持っていることが作中で書かれている。『オスカー・ワオ』はそんなドミニカ人でありながら【全くモテない】オスカー君の悲惨な七転八倒ぶりが描かれるが、この『こうしてお前は彼女にフラれる』ではそんなオスカー君の友人で、「愛の散弾銃」をぶっ放すドミニカ人そのもののヤリチン男ユニオール君が主人公となった短編集なのだ。

そのヤリチンぶりは凄まじい。本命の彼女がいながらあっちこっちでつまみ食いは当たり前、なんとEメールには50人もの浮気相手のアドレスが入っているのだという。「なーんだ、いまいましい不誠実なクソジゴロが主人公か」と思われるかもしれない。女性なら「女の敵ナンバーワン、なますに引き裂かれ永遠に苦痛を味わい続けるのが妥当」と思われるかもしれない。しかしちょっと待ってくれ。このユニオール君、バカなのか迂闊なのか、そんな浮気がすぐにバレてしまう。そして当然の如く交際相手の怒りを買いフラれてしまう。しかもこのユニオール君、こうしてフラれたことをいつまでもグジグジ悩む。当然の報いでしょ、と思われるかもしれない。確かにそうなのかもしれない。

だけれどこの物語は恋愛の倫理とか浮気の是非とかについて書いてるわけじゃない。物語の本質にあるのは、愛の不確かさとその飢餓感と孤独感、そして空虚さだ。「ヤリチンで浮気者の孤独なんて知ったこっちゃねえ」と言わずにちょっと聞いてくれ。ここでのユニオール君の浮気は物語における【装置】なんだ。「ヤリチンの浮気者」という極端なシチュエーションを設定することにより、その極端さが生むコントラストによって「愛の不在」を浮き彫りにしようとしているんだ。分かってくれるかな?

収録作は9編、ユニオール君が主人公の作品とは別に浮気相手にされた女性視点の物語もある。そしてその多くは米国へのドミニカ人移民、という立場を持つ人々の物語だ。「愛の不在」を描くこの物語には「故郷の不在」、すなわち「故郷という寄る辺を喪うということの悲しみ」という背景が存在している。さらにそこには逃げた父親や病死した兄、といった「家族の不在」も存在している。その圧倒的なまでの「不在」と「喪失」が、ヤリチン浮気男のあまりにおマヌケな失恋騒動というドタバタに託されて描かれているのがこの物語なんだ。そしてユニオール君がおマヌケであればあるほど、喪った愛への身を切るような悲哀、といったペーソスが鮮やかに表現されてゆくんだ。

この短編集における文章はどれも短いセンテンスを繋ぎ非常にテンポよく書かれている。そしてこの文章には全く無駄が無い。書かれるべき事柄が書かれるべき場所にきちっとはまっている。これは驚くべきことだ。作者ジュノ・ディアスは「1ページ書くために30ページ下書きする」のだという。「巧い文章」というのはオレはよくわからないのだが、少なくともジュノ・ディアスのこの文章術は、選ばれた作家のみが会得する素晴らしいものだということは痛感できる。それは作品のクライマックスにおいて顕著だ。どの作品のクライマックスにも、【必殺の一行】が必ず紛れ込んでいる。これはドラクエでいうところの「痛恨の一撃」というやつだ。

この【必殺の一行】の破壊力は凄まじい。鋭利な日本刀で一刀両断にされてしまうような気分にさせられる。それだけ心を抉られるのだ。心を抉られ、オレ自身の恋愛における失敗や苦痛や孤独感が走馬灯のごとく頭をよぎってゆくのだ。こんなもの、もうすっかり忘れ去って呑気な毎日を生きていたのに、また思い出しちゃったじゃないか。この効果が凄まじかった。だからこそ「今まで読んだ中でもかなりザクッと胸に刺さった"恋愛"小説」だったのだ。「恋愛」の言葉にクオーテーション・マークが付くのは、それがどれも失敗した愛だったり恋だったりするから。そんなわけで、面白くてやがて悲しき、臓腑を抉るような"恋愛"小説を読んでみたい方には是非お勧めしたい。

こうしてお前は彼女にフラれる (新潮クレスト・ブックス)

こうしてお前は彼女にフラれる (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)