デジャヴ (監督:トニー・スコット 2006年 アメリカ映画)

アメリカ、ニューオリンズ。543名もの犠牲者を出した凄惨極まりないフェリー爆破テロを追う捜査員ダグ(デンゼル・ワシントン)はテロの被害者に見せかけて殺害された若い娘の死体に事件解決の糸口があることを確信する。そしてダグは特別捜査班へと召喚されるが、そこでハイテクノロジーを駆使した超監視装置「タイム・ウィンドウ」の存在を知る。それは室内を含めた市街の有様が、”4日と6時間前”に限って見る事が出来る、という驚くべきものだった。

予告編からは「デジャヴ」という言葉に超常的な力の意味を込めたサイコスリラーなのかと思っていたが、蓋を開けてみたらびっくり、なんとこれSFである。と言うかサスペンスの中にSF的な小道具を持ち込む事によって物語を成り立たせているという作品である。ラストは流石にタイムパラドックスなども踏まえたSF的な終わり方をしているが、どちらかのジャンルと思って観ようとしてもどちらも収まりが悪いかもしれない。しかし時間SFとしての設定のいい加減さを大目に見ると、娯楽作品としての完成度は実に高いものとなっている。なにしろトニー・スコットのツボを押さえた演出とスピーディーで派手なアクションが物語の多少の齟齬も気にならなくさせてしまうのだ。

トニー・スコットは『エネミー・オブ・アメリカ』あたりからの作品がオレ好みで、結構好きな監督だ。『エネミー〜』はハイテクガジェットの使い方が巧いと思ったし、『マイ・ボディーガード』はタイトルとは裏腹の血腥いアクション作品振りがシビレル一作。『スパイ・ゲーム』はもう少し短ければ大傑作になっていただろう。『ドミノ』は女賞金稼ぎの孤独な魂がひしひしと伝わる佳作である。トニー・スコットの作品に共通しているのは”世界全てが敵”で”誰も頼るものはいない”、だからこそ”自分でやるしかない”という孤独と決意の物語であるということだ。だから彼の物語はひりひりとひたすら乾いた叙情に満ちている。映像表現もそれと呼応して神経症的なカットアップとエフェクトが極彩色のストロボライトのように煌く。そしてその見せ方が小手先だけのものではなく説得力がある。その辺、兄のリドリー・スコットのアーティスティックな作品の完成度と対比させてみるのも面白い。

そして製作のジェリー・ブラッカイマー。この人の製作した作品はヒットしこそはすれ、小気味いいぐらいに芸術性が皆無である。要するに映画産業における狡知に長けた商売人ということなのであろう。どんな話題の超大作であろうと、見終わってから何ひとつ心に残らない作品ばかり、というのはある意味潔いぐらいである。『コン・エアー』とか『ザ・ロック』とか『アルマゲドン』とか、ここまで空虚で大味で呆れさせてくれる作品ばかりというのも逆に感心してしまう。それが上手に結晶したのが『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト』だろう。3時間あれだけ楽しませてくれて、そして何も残らない!これってある種哲学的な意味があるのではないかとさえ勘繰ってしまうが、本当にやっぱり何もないのだ!しかし『お代の分はキッチリ仕事します。それも他の映画以上に!』といった態度は商売人として見上げた根性ではないかと思えてくるから不思議だ。

(以下ネタばれ注意)
さて映画のほうは冒頭のフェリー爆破シーンが何しろ凄い。そこまでの船の上で寛ぎ笑いさんざめく乗客たちの映像もあるから事件映像の衝撃度はかなり高い。デンゼル・ワシントンはいつも通り手堅い演技で安心して観ていられる。そしてヒロインとして抜擢された新人のポーラ・パットンが、既に死人として扱われるのが勿体無いとさえ思えるほど好演していた。テロリスト役のジム・カヴィーゼルは狂気に満ちた演技を披露するが割と定石通りの演技だったかもしれない。捜査員役のヴァル・キルマーは少々精彩に欠けていた。途中から明かされる「タイム・ウィンドウ」の施設内は、様々な数値と映像が踊る巨大なモニターが犇き、ハイテク機器好きなトニー・スコットの面目躍如といった雰囲気で心躍った。そしてその過去の映像を写すモニターの中の、既に死んでいるヒロインに少しづつ心引かれてゆく主人公、といった演出が実に素晴らしい。アクションシーンにおいても過去の映像を見ながら現在の時間軸でカーチェイスするなどアイディアの光るシーンが多い。そして後半、時間変革の為に過去へとタイムトラベルした主人公が残り少ない時間の中、犯行を食い止めようと必死の覚悟で奔走する様が感動的だ。作品中にばら撒かれた時間SFならではの伏線がどう回収されていくのか見ていくのも楽しい。果たして543名のフェリー乗客達の命は救えるのか。犯人に惨殺されたあの娘に生きて出会う事はできるのか。捜査官の時空を超えた戦いが今始まる。

Deja Vu Trailer