今年面白かった本あれこれ(殆どSF)

■今年一番面白かったのはこの3冊。

パヴァーヌ / キース・ロバーツ

パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

重厚な情景描写と瑞々しい心理描写が最高に素晴らしかった作品です。2012年刊行だったんですが今年読みました。

この作品において特筆すべきは、そのイギリスの陰鬱なる自然の光景だろう。季節を通じて暗く寒々しく、冬の厳しさは言うに及ばず、鬱蒼たる草原と原野が広がり、海の色も空の色も鉛色に染まり、そこに身を切るような風だけが吹きすさぶのだ。それはイギリスの原風景とも呼ぶべき光景なのだろう。そしてこの暗澹たる曠野の果てから、キリスト教以前に存在していた「古い人々」の伝説と存在が立ち現われる。この「古い人々」の記述により、物語はファンタジー的な要素が加味されるのだが、それは空想の存在というよりも、キリスト教支配との対立的な歴史の一端として語られるのだ。(中略)そしてもうひとつの読みどころは、そんな厳しいイギリスの大地に暮らす人々の姿を描く瑞々しい筆致だろう。息苦しい閉塞感と困窮の中で、それでも彼らは人として生きようとし、自分らしくありたいと願う。これら強烈な生へ希求が、『パヴァーヌ』の物語に生々しい迫真性を与えているのだ。
カトリック教会が支配するもうひとつの世界のイギリスを描く不朽の名作〜『パヴァーヌ』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○紙の動物園 / ケン・リュウ

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

SF小説がどこに向かっているのか、という指標ともなる珠玉の作品集でした。

思えばこれら「不死」「人格のデータ化」という、テクノロジーの果ての人間疎外を描くSF作品というのは、自分にはどうも眉唾物ののように思えるのだ。それは不死や永遠、そしてそこに通底する「反自然」という概念が、キリスト教圏独特のものであり、それが欧米SF作品の中に無意識的に入り込んでいるだけなのではないかと思えてしまうのだ。しかしケン・リュウは、彼が東洋的な思想のもとにあるかどうかは別としても(なんとなれば東洋にだって不死や永遠の概念はある)、テクノロジーの果ての人間疎外といった結論を善しとせず、そのテクノロジーの果てにあってもあくまで普遍的な人間存在の在り方を描こうとする作家なのだと思うのだ。そう、彼が描こうとするのはあくまで人間であり、人間の生そのものなのだ。これは、文学がやろうとしていることをSFで成しえようとしていることに他ならないではないか。これが、自分がケン・リュウの作品を「現在最高のSF小説なのではないか」と思った理由であり、最先端だったSF作家グレッグ・イーガンを既に越えた、と思えた部分だったのだ。
ケン・リュウの『紙の動物園』は現在最高のSF小説集だと思う。 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○神の水 / パオロ・バチガルピ

SFであると同時にハード・バイオレンス作品としても楽しめました。

この物語の基本トーンとなるのはなによりもまず「水が失われたことにより崩壊した都市群」であり、「水利権の為には他人の命など顧みない有力者とその配下」であり、そして「アメリカ合衆国内で難民となりぼろ雑巾のように生きそして死んでゆく市民」だ。これはもう先ごろ公開され大ヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』そのままの終末の光景がある。しかし、『神の水』が多くの終末ストーリーと違うのは、世界が今まさに崩れ落ちてゆくその過程を描いていることだ。世界はまだ終わってはいない、そしてその終末を食い止めるために人々はひたすら奔走する。これは焼け石に水でしかないのか。最後の希望は残されているのか。この、絶望と終焉のぎりぎりの瀬戸際でもがきまわり、あがきまわる人間たちの姿がどこまでも生々しい物語なのだ。
水利権を巡り暴力と死の横行する暗澹たる未来を描いたSFノワール『神の水』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■割と面白く読めた2冊。

○宇宙兵志願 / マルコ・クロウス

宇宙兵志願 (ハヤカワ文庫SF)

宇宙兵志願 (ハヤカワ文庫SF)

気軽に読めるミリタリーSFってことで。

もうひとつ、この作品でニヤリとさせられるのは、非常に戦争映画・SF映画の影響が強く、それとよく似たシチュエーションが飛び出すといった部分だろう。中盤の市街戦などはそのままSF版『ブラックホーク・ダウン』だし、宇宙を舞台にした後半では、某有名SFアクション作品と某SFパニック作品を混ぜこぜにしたような展開が待ち構える。これはオマージュとか剽窃というよりも、ついつい滲み出てしまうSF愛なのだろうと好意的に受け止めた。伏線が忘れ去られたりなどの瑕疵はあるにせよ、そんな部分に作者の粗削りな若々しさを感じてしまう。傑作SF『火星の人』とはタイプもテーマも違うけれども、作者の活きの良さと言った部分では共通してるし、今後も大いに期待できる作家だと思う。続編もあるようなのでとても楽しみだ。
マルコ・クロウスの『宇宙兵志願』読んだ - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○明日と明日 / トマス・スウェターリッチ

明日と明日 (ハヤカワ文庫SF)

明日と明日 (ハヤカワ文庫SF)

なにやらどんよりした雰囲気がたまりませんでした。

どちらにしろ物語全体を覆うカラーは暗く濃厚な感傷性である。こういった感傷性や暗さは個人的には苦手なのだが、しかしこの物語の暗さには奇妙にのめり込んで読んでしまった。これはただ単に感傷的というのではなく、《残された者》の哀惜がそこに描かれているからだ。アメリカなら、それは911テロの記憶なのかもしれない。また、日本人であるなら、それは東日本大震災の記憶とも結びつくだろう。そこで生き残った者は、失われた者を偲びながらそれでも明日に生きるしかないのだけれども、ただ大きな《傷口》だけは確固として存在し、そうでなかったはずの《明日》につい想いを馳せてしまうのだ。タイトル『明日と明日』の意味はそういった、現実の明日と、そうでなかったはずの《明日》のことなのかもしれない。
消滅した街のアーカイブ世界を舞台にした近未来ノワール〜『明日と明日』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■そこそこに評判のよかったエントリー

○叛逆航路 / アン・レッキー

叛逆航路 (創元SF文庫)

叛逆航路 (創元SF文庫)

作品自体の面白さはそこそこだったんですが、妙にブクマの数を伸ばしたエントリーでしたね。

『叛逆航路』の物語を一言でいうなら「ミステリアス」、これに尽きます。最初は主人公ブレクがなぜ雪の惑星を彷徨っているのか、戦艦AIである"彼女"がなぜたった一人でいるのか、"彼女"が拾ったかつての副官にいったいどんな意味があるのか、全く分かりません。また、現在と交互に語られる形の、19年前の惑星シスウルナのシークエンスも、これがいったいどのように物語の本筋に関わってくるのかよくわからないのです。こうして物語はどこか霧の中を彷徨っているかのように進行してゆきますが、やがて陰謀とはなんなのか、その陰謀にブレクがどう決着を付けようとしているのかが徐々に明らかにされてくる、といった構成になるんです。
英米SF賞史上最多7冠受賞作『叛逆航路』は新たなるフェミニズムSFの潮流なのか? - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

火星年代記 / レイ・ブラッドベリ

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

古典的名作で評価も確立していますが、「ホントはこういう話だったんじゃ?」というレヴューがウケたようです。

その"寓意"の本質にあるのは「旧世界から新天地へ」というアメリカ成立の歴史であり、いってみればこれはピューリタニズムの話なのだな、と思えた。アメリカ成立の陰にはネイティブ・アメリカンの虐殺・放逐があったが、これら闇に葬られたネイティブ・アメリカンの"スピリット"を決して忘れ去ってはいけない、そしてその"スピリット"は今でもアメリカの大地に根を張っているのだ、こういった想いを「絶滅した火星人」に仮託したのがこの物語なのではないのか。これはある意味作者ブラッドベリの信仰者としての【良心】だったのではないか。
今更ながらにブラッドベリの『火星年代記』を読んだらピューリタニズムの話だったというのが分かってびっくりした - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○インド映画完全ガイド マサラムービーから新感覚インド映画へ / 松岡環(監修・編)夏目美雪+佐野亨(編集)

インド映画みんなで観ようよ!

この『インド映画完全ガイド』は主に日本で最近まで公開されたインド映画を中心に構成されています。ごく最近の作品はDVDやBlu-rayで入手可能だし、当然レンタルで観ることもできます。ただしちょっと古い作品だとソフトのリリースはあったものの現在廃盤というものが多く、これはレンタル店でしつこく探すしかありません。どちらにしろ、日本語字幕、あるいは吹き替えのある、容易に観ることのできるインド映画作品が並べられています。同時に、紹介されているインド映画スターも、これも日本公開作のある有名スターが中心となっています。こういった構成から、この『インド映画完全ガイド』はあくまでインド映画のスターターガイドというものになっており、これからインド映画を観られる方にはとても分かり易く情報の網羅された本になっています。
最新日本公開インド映画を網羅した『インド映画完全ガイド』が発売されたのであなたは読むがいいのです。 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ