アレステア・レナルズのSF長編『反転領域』を読んだ

反転領域 / アレステア・レナルズ (著), 中原 尚哉 (訳)

反転領域 (創元SF文庫)

時は19世紀。イギリス人外科医師サイラス・コードが乗船する小型帆船デメテル号は、ノルウェー沿岸の極地探検にむかっていた。北緯68度線付近にある目的地のフィヨルドには、古代に建造されたとおぼしき未知の大建築物が存在するのだという。さまざまな苦難を経て、ようやく現地に到達したサイラスたち探検隊一行は、先着したライバル船のたどった運命を知る。そして目的の建築物を発見したとき、予想もしなかった事態が起こる……星雲賞作家が放つ、読者の予測を鮮やかに反転させる、超絶展開の傑作SF! ローカス賞、ドラゴン賞候補作。

アレステア・レナルズの『反転領域』は、導入部から読者を深く引き込み、最後まで静かな感動を残す、実に印象深い一冊だ。物語は19世紀の北欧沿岸から始まる。主人公の外科医サイラス・コードは、アヘンに頼りながらも船医として小型帆船デメテル号に乗り込み、ノルウェーのフィヨルドを目指す極地探検に参加する。荒々しい海、極寒の気候、船内の緊張感、そして古代に築かれたとされる謎の巨大建築物……この導入部の海洋冒険譚は実に雰囲気がよく、まるで古典的な探検小説のような没入感を与えてくれる。

ところが、物語はここから予想を裏切り続ける。帆船から蒸気船へ、蒸気船から飛行船へ、そしてさらに……と、時代と技術が「反転」しながら繰り返しループしていく。探検隊が直面する事故、死、そして再びの旅立ち。同じような出来事が異なる時代・異なる乗り物で繰り返されるたび、世界観が少しずつ歪み、ミステリアスな不気味さが募る。中盤を過ぎて遂に広大なSF世界が広がった時には、十分なカタルシスを得ることができた。それは、時空を超え、現実と非現実の領域を超え、人間と機械の狭間を超える、まさにSFでしか味わえない面白さと興奮だ。SFアイデアとしては派手なものではないし、アクションが多いわけでもないが、主人公の真摯なキャラクターが物語全体に静かな熱量を注ぎ込み、読む側にじわじわと染み込んでくる。

全篇を覆う奇妙な物憂げさが、ある種の魅力となった物語でもある。サイラスの痛みや喪失を繰り返しながらも諦めずに探求し続ける姿勢、エイダをはじめとする登場人物への共感や洞察も深く、文章は十分に読ませるものがある。「どんでん返し」の鮮やかさと、ラスト近くの静かな締めくくりが胸に突き刺さる。エピローグを経た余韻は、永遠のループから抜け出す意味、人間性の境界、意識の儚さを優しく、しかし切なく問いかけてくる。読後しばらく、儚い夢を見せられたような感覚が残り、こういったタイプの作品があれば他にも読んでみたいと思わされた。

レナルズの名は知っていたが、実は読むのがこれが始めて。しかし、彼の描く「時間」「意識」「宇宙の冷徹さ」といったテーマが、こんなにも静かで美しい形で結実するとは想像以上だった。完成度の高い一冊で、SF初心者でも楽しめるミステリ要素の強さと、深いテーマのバランスが絶妙だ。導入の冒険からループの不気味さ、中盤のカタルシス、さらなるひねり、そしてラストの締めくくりまで、すべてが噛み合ってゆく楽しさをぜひ味わってほしい。