バットマン:ハッシュ / ジェフ・ローブ (著)、ジム・リー (イラスト)、中沢俊介 (訳)
キラークロック、ポイズン・アイビー、ハーレイ・クイン、ジョーカー、スケアクロウ、ラーズ・アル・グール……次々と現れた宿敵たちが闇の騎士バットマンを付け狙う。事件の陰に潜む謎の男“ハッシュ"の正体とは? そして謎が謎を呼ぶ悪夢の饗宴の結末は……!? ナイトウィング、ロビン、オラクルらのいつもの仲間たちに加え、スーパーマンやバットマンとのロマンスの行方も気になるキャットウーマンも登場。シリーズを代表する宿敵たちとバットファミリーが総登場する豪華作品が完全版として甦る!
ここ最近『バットマン:ホワイトナイト』『バットマン:カース・オブ・ホワイトナイト』と非常にクオリティの高いバットマン・コミックを立て続けに読み、大いに興奮させられた。これらは2018年に設立された「DCブラックレーベル」というブランドによるもので、より独創的かつ革新的なコミックの創造を目指して立ち上げられたものだ。
とはいえ、ここで一旦「DCブラックレーベル」以前のオーソドックスなバットマン・ストーリーに触れたくなり、そうして選んだのが本国では2002年にリリースされたこの『バットマン:ハッシュ』だ。
物語はゴッサムの街をスーパーヴィランたちが矢継ぎ早に襲い始めることから始まる。バットマンは例によって彼らを次々と撃退してゆくが、この一連の襲撃の背後に何者かの力が関与していることを疑い始める。その人物とは誰か?そしてどんな目的があるのか?その謎を探偵よろしくバットマンが捜査してゆくというのがこの『バットマン:ハッシュ』だ。
ヴィランたちが大挙して襲い掛かるプロットはバットマン・コミックではよくみられることだが、この『バットマン:ハッシュ』では1話ごとに個別にヴィランが登場して見せ場が作られる。そのヴィランたちとはキラークロック、ポイズン・アイビー、ハーレイ・クイン、ジョーカー、スケアクロウ、ラーズ・アル・グール。これらヴィランたちがそれぞれにバットマンとのガチンコ勝負を見せつけてくれるのだ。バットマン側にはハントレス、ナイトウィング、ロビン、オラクルらも加勢し、オールスターの物語を大いに盛り上げる。あの「鋼鉄の男」の登場まであるではないか。この独特の構成こそが本書の醍醐味であろう。
バットマンとヴィランとの対決、ヴィランたちを操る謎の存在、そういったメイン・ストーリーと並行して描かれるのがバットマン/ブルース・ウェインとキャットウーマン/セリーナ・カイルとの恋の行方だ。敵か味方かはっきりせず移り気でなかなか心の読めないキャットウーマンだが、この物語ではバットマンと大いに接近し、しっとりしたラブシーンまで見せつけてくれる。そしてバットマンは己の正体を明かすかどうかに葛藤するのだ。
最近の諸作では善悪の価値観が曖昧になり己のアイデンティティの在り方に苦悩するバットマンが多く描かれるが、この『バットマン:ハッシュ』でのバットマンは正義のためにひたすら鉄拳を振るう、どこまでもタフでマッチョな存在として描かれる。それはヴィランたちを震え上がらせる黒々とした暗黒の騎士としてのバットマンだ。すなわちこの作品では一点の迷いもないシンプルなアメコミヒーローとしてのバットマンを楽しむことができるのだ。女性キャラたちは誰もが妖艶で肉感的であり、女豹のように危険な存在として登場する部分にもオーソドックスさを感じる。
筋肉隆々な肉体を見せつけるバットマンの姿や、大見得を切るかのように華麗なポージングをキメて戦うヴィランたちの姿など、グラフィック的な演出さえもオーソドックスであり、誰もが知るアメコミのイメージを遺憾なく堪能することができるだろう。こういった部分も含めて、定番すぎるほどのバットマン/アメコミ・ストーリーではあるが、だからこそ気兼ねなく楽しめ、満足することのできる良作であろう。「バットマン・コミックは沢山出ているけどどれから読めばいい?」と迷われている方には是非お勧めしたい作品だ。