バットマンとブルース・ウェインとの対立するエゴ/グラフィック・ノベル『バットマン:エゴ』

バットマン:エゴ /ダーウィン・クック(著)、秋友 克也(訳)

バットマン:エゴ (ShoPro Books)

ジョーカーの手下のチンピラを追い詰めたバットマン。しかし、その男は自ら命を絶とうとし、衝撃的な理由を明かす。 彼はジョーカーを裏切って金を奪ったが、それが発覚してしまい、ジョーカーに殺される前にと自分の妻子を殺害したというのだ。 罪なき親子を救えなかった罪悪感に苛まれたバットマンは、「復讐に燃えるバットマン」と「理性的なブルース・ウェイン」に人格が分裂してしまった。 2016年に肺がんでこの世を去った天才コミッククリエイター、ダーウィン・クックが描く衝撃の問題作『バットマン:エゴ』を含む、ファン待望の短編集!

バットマン:エゴ

2016年に夭逝したコミック・アーチスト、ダーウィン・クックによって描かれた数編のバットマン・ストーリーをまとめたものがこの『バットマン・エゴ』となる。その収録作の幾つかと、ダーウィン・クックの魅力をここで紹介しよう。

まず表題作『バットマン:エゴ』は事件捜査中に出遭ったある出来事により強烈な罪悪感に囚われたバットマンブルース・ウェインが、その精神的重圧によりブルース・ウェインバットマンの二つの自我(エゴ)に分裂し対立しあう、という物語である。ここでは人間ブルース・ウェインの前に、悪魔の如き相貌へと変化したバットマンの幻影が現れ、正義と復讐のどちらを選択するのかを迫るのだ。

ブルース・ウェインはあくまで理性により正義を貫こうとする立場であり、一方バットマンは復讐の暗い情念に燃え上がる破壊者である。しかしそれは一人の個人の中にある光と闇だ。ここで描かれるのはブルース・ウェインの内的葛藤であり、内的世界なのだ。コミック『バットマン:エゴ』は、「バットマン」という名のアンビバレントな存在を、対立する二つの自我という形でビジュアル化して見せた部分に画期性がある。

とはいえ、『バットマン:エゴ』の魅力は物語だけにあるのではない。それはダーウィン・クック描くグラフィックの魅力だ。彼のグラフィックはバットマン・シリーズの歴史に大いに影響を与えた90年代TVアニメ版の絵柄に寄せられたシンプルかつ力強いタッチで描かれるが、ただアニメ調なのではなく、そこに黒々としたコントラストとアート性の高い様式美を加味しているのだ。写実的なグラフィックとはまた違う比類なき美しさが彼の作品にはある。

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キャットウーマン:セリーナズ・ビッグ・スコア

バットマン:エゴ』には他に幾つもの中短篇が収録されているが、白眉となるのはキャットウーマンを主人公とした『キャットウーマン:セリーナズ・ビッグ・スコア』だろう。この作品はキャットウーマンが筋金入りの悪党として活躍していた時期の物語であり、バットマンは登場しない。粗筋は列車に積まれたマフィアの金2400万ドルを強奪するため、キャットウーマン/セリーナ・カイルが強盗団を組織し周到な計画を練るというものだ。

物語は徹底的にノワールのそれだ。暗黒街、犯罪計画、裏稼業の人間たち、呪われた過去、望みの無い人生、裏切りと死、潰え去る愛と希望、それらが暗く冷え冷えとした筆致で描かれてゆくのだ。ここで描かれる物語はキャットウーマンからもDCワールドからも離れ、それだけで一つの完結したノワール作品として堪能することができるほどに完成度が高い。ある意味『バットマン:エゴ』以上に読み応えのある作品である。

他にも、アーティストをティム・セールが担当したショート作『デート・ナイト』はキャットウーマンに翻弄されるバットマンの一夜をキュートに描き忘れがたい。また、『バットマン スピリット』はDCのもう一人のヒーロー・スピリットが登場するのだが、これがハワイを舞台にバットマン/スピリットがヴィランたちと大立ち回りを演じるという楽しい作品だ。

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