いいナチスは死んだナチスだ!〜映画『イングロリアス・バスターズ』

■イングロリアス・バスターズ (監督:クエンティン・タランティーノ 2009年アメリカ映画)


クエンティン・タランティーノ期待の新作『イングロリアス・バスターズ』だよ!でも『イングロリアス・バスターズ』ってタイトル長いからイングロって略しちゃうけどなんかそれだとガングロみたいだね!勿論石黒賢は出てないからイシグロなんて決して言っちゃいけないんだ!

さてこのイングロ、第2次大戦において秘密部隊イングロリアス・バスターズの連中が世紀の悪漢ナチスの連中をブチ殺しまくるためフランスにやって来るというお話なんだ!ひゃっほうッ!それとナチスに家族を皆殺しにされた美人ちゃん映画館主の復讐の物語が絡むんだね!うっひょーッ!折りしもフランスにはドイツ映画祭のために悪の帝王ヒトラーをはじめナチの親玉連中がごろごろやって来るというじゃないか!これはもうウハウハの入れ食い状態だね!さてイングロ部隊と美人ちゃんのナチ皆殺し作戦の結末はいかに!?さあ殺せ殺せナチを殺せ!悪い奴らは皆殺しなんじゃあぁあぁ〜〜〜ッ!!

しかしナチスっていうのはことフィクションに関しては「全員ぶっ殺しても全然OK!」と公認されているから便利だよね。世の中には「死んだほうがいいヤツ」とか「ぶっ殺されるべきヤツ」というのはままいるけどそれをそのまま公言しちゃうのはちょっとフツーじゃないってことになるし、「みんな死んで欲しいサイテー集団」とか「無くなってしまってほしいサイテー国家」の話をしている人もいたりするけれども、それを大っぴらに言っちゃうのは基本的に常識の無い頭のおかしいヒトってことになっちゃうよね。でもナチスに限っては「あいつら全員死んでくれたほうがいいんじゃね?」ってことで大方の意見は一致しちゃうんだよな!やっぱいいナチスは死んだナチスだ!

というわけでこれまで様々な第2次世界大戦をモチーフにした物語でナチスは格好の敵役として登場し、熾烈な戦闘の後主役の連中に撃破されてメデタシメデタシ、ナチスが死んでホントによかったね、となるわけだ。例えばフィクションの中の敵役だと北朝鮮だの中東系テロリストだのコロンビアの麻薬王だのが現れて酷い事をしては主人公に叩き潰されていたりはするけれど、やっぱり「北朝鮮アルカイダ麻薬王もみんなブチ殺せ!」と公にやっちゃうのは社会的にも政治的にも本当はまずいわけじゃないですか。だからその辺微妙に敵の本質をぼやかしてたりするけど、ナチスにはとりあえずそれが必要ないのね。だからね、ナチ相手なら言えるんですよ、「世の中にはぶっ殺されてもいいヤツがいる!だからみんなぶっ殺せ!」ってね!

この映画でイングロ部隊とナチスの戦闘が無くひたすらナチスへの一方的な虐殺があるのは、ラストのアレも含めてこの映画が理由なり過程なりを全部すっ飛ばして「憎い連中を全員ぶっ殺す!」ことのカタルシスだけをただただ描きたかったからじゃないかな。結局さ、「戦争の悲惨さ」だの「戦争の無意味さ」だの「戦争における人間的行為」だの「戦争における人間の狂気」だのさ、他の映画ではさんざんやりつくしてきたけど、そういう理屈だの理由付けだの文学的思索だの良識だのイデオロギーだのはカッタリィーんだよ!ウッゼーんだよ!見飽きたんだよ!四の五の言わず悪逆非道なナチスを血祭りに挙げろ!皆殺しだ!復讐だ!処刑なんだあああ!とやりたかったのがこの映画で、それが不遜なことぐらい判ってるからわざわざイングロリアス・バスターズ=不名誉な野郎どもってタイトルになってて、そしてそれのどこが悪い!って言ってるんじゃねーの。

タランティーノ映画として観ると、第2次大戦の最中ってことでタランティーノらしい風俗描写が薄いから、これまで製作されてきた作品と比べるとちょっと雰囲気が違うかもしれないな。オレはタラ映画のチープな風俗性やギャハハ!と思わず笑っちゃう頭の悪さが好きなんで『パルプ・フィクション』や『キル・ビル』あたりと比べてどっちが面白い?と言われるとパルプやキル・ビルって答えちゃうだろうけど、タラ映画って何度も見返すと旨みが増してくる作りをしているんでこのイングロも観直してみるとまたいろんな面白みを発見するような気がするね。長い長い会話の緊張感のあとにドッカーン!と爆発する部分はこれまでのタラ映画よりも研ぎ澄まされていて楽しかったね。

■イングロリアス・バスターズ 予告編